遊離 ページ6
消毒液の匂いが漂う。全体的に白く、静かな部屋の隅で小さなテレビの前に玲湖は座っていた。画面の中からプレゼント・マイクの、先ほどより幾らかボリュームが落とされ耳に優しい実況中継が流れている。
「ああ、始まったね、1年生」
不意に玲湖の右後ろ、下から声がかかり、ちらりと一瞥するも視線は直ぐにテレビに移した。リカバリーガールはいつもの事だと、気に病む様子もなく玲湖の隣に腰を下ろす。選手紹介の後、決勝のデスマッチのフィールドに姿を現したのはもさもさ頭のクラスメイト。そして、いつだったかA組に宣戦布告に来た普通科の、ヴァイオレット髪の生徒だった。
「……処置、お疲れ様です」
「大した事じゃないさね。アンタも悪いね、呼び出して」
お詫びにハリボー食べるかい、と米国菓子が差し出されたが、特有の奇抜な色合いを見て黙って首を振る。カラフルな色をしたクマを象るグミはそのままリカバリーガールの小さな口に放り込まれた。もにゅもにゅと動く口を横目に、玲湖は口を開く。
「元々の予定はこっちでしたから」
保健室で救護係としてリカバリーガールの補佐、という名目で体育祭不参加であった玲湖だが、直前の変更により担任とプレゼント・マイクに挟まれて祭典を観戦する事になった。午前中は特に問題といった問題はなかったが、昼休みが終わる5分前に再び実況席に戻った玲湖に呼び出しがかかった。
3年生の生徒が大怪我をし、その処置が予想以上に手間取ったらしい。リカバリーガールの手が空かないのでヘルプに入ってくれ、との事だった。また、各学年が決勝になるという事で怪我人は午前の比ではないだろう事が予測される。今後に備え、軽度の怪我の処置、リカバリーガールが来るまでの対応や入室の記録等の仕事を与えられた。
「おや、まあ」
画面の向こうで、二人の生徒が向き合ったかと思えば、出場選手である緑谷が突然くるりと踵を返してフィールドの外側へ向かっている。場外に出てしまうと失格だ。当然緑谷も分かっている筈だ。それでも歩みはゆっくりであるが確実で、進む足は止まらない。あの日の、宣戦布告があった時の普通科の言葉を思い出す。入試では、通用しなかった個性故、ヒーロー科は落ちたのだと。恐らく、精神干渉又は感覚干渉の個性であると踏んでいた。玲湖の考えが読めたのかリカバリーガールが手元にタブレットを引き寄せ生徒一覧を開く。
「……心操人使。普通科。個性は洗脳、呼び掛けに応えた者を洗脳する……ああ、これは」
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