#12 雅紀 ｢左肩の羽根｣ ページ32
茉莉side
耳もとでまぁくんの寝息が聴こえる｡
すぅ…すぅ…って…健やかな寝息…
枕にしてる腕をそっと撫でたら､寝息が途切れて…
反った親指の付け根が…一瞬ふわんと開いた…
眠れない…
目を閉じたら､まぶたの裏にあのシャガールの絵が見える。
その絵は､画廊にある中で私が一番好きな絵だった。
祖父が経営する画廊を受け継ぐずっと前からその絵はそこにあって､私を見守ってくれていた。
シャガールの妻ベラと祝福の花束と飛び交う天使たち…
天使の羽根は美しい象牙色だった。
世界に一枚しかないマルク・シャガールの小さな油彩。
その絵を見ることはもう叶わない…
顧客でない人にあの絵を売ってしまったのは私。
それが投資目的だと気づいたときには､もう､間に合わなかった。
父も祖父も動いてくれたけれど､絵はあっという間に手が届かないところに行ってしまった。
一度投資に使われるとその絵が壁にかけられることはたぶんもうない。
誰かの家の…空調の効いた倉庫のなかで…黄色いネルに包まれて箱の中に閉じ込められる。
小さいころから大好きな絵だったのに…
悩んで悩んで…「大切にします」という言葉を信じて手放したのに…
騙された。
私が未熟だから…
シャガールが愛したベラを…
天使たちを…
永遠に暗い所に閉じ込めてしまった。
・
・
まぁくんの腕が､そぉっと私を抱きしめた。
『まりちゃん…どうしたの？…泣かないで…』
優しい声…
涙がぶわっと溢れて…
手で口を押さえても指の隙間から嗚咽が漏れた…
『よしよし…おいで…』
まぁくんはそう言って､私を振り向かせて胸の中にぎゅうぅっと抱きしめた。
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作者名：花 | 作成日時：2020年1月7日 19時
