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深澤「俺、深澤って言います」
名乗るのが遅くてすみません、と笑う彼。
『深澤さん』
深澤「ふふ、はい」
名乗った後こちらをゆっくり見つめる深澤さん。
あ、そうか。
『喫茶菖蒲の店主の北条です』
深澤「北条さん。この漢字、アヤメって読むんですね」
カードと私を交互に見ている。
読めなかったです、とふんわり笑う。
深澤「じゃあまた近いうちに頼むと思います！これもありがとうございました」
これ、と先程渡したピアスの袋を掲げる深澤さん。
『いえいえ。また宜しくお願いします』
席を立つ深澤さんを見送る。
深澤「あ…雨止んでる」
ドアを開けると、雨は止んで涼しい空気が体を包む。
深澤「あの、これやっぱり返します」
これ、と差し出された傘。
そういえば昨日渡したんだったな。
『大丈夫ですよ。確か明日の朝までずっと降ったり止んだりするみたいですから』
深澤「いいんですか？…ありがとうございます」
じゃあ俺はこれで、と律儀にまた頭を下げて
そのまま町の中に消えていった。
何だか、ふわふわした人だったな。
話し方とか雰囲気とか。
今思えば同い年くらいだろうか。
この店には同年代はほとんど来ないから新鮮だった。
『よし、片付けよ』
ドアを閉めて店の中に入った。
深澤「…俺、何期待してたんだろ」
スタンプカードを見つめながら大通りに向かって歩く。
連絡先を聞こうとスマホを取り出したのが少し恥ずかしい。
北条さん。下の名前はなんていうんだろう。
短い会話だったけど、やっぱり彼女の表情はずっと変わらなかった。
自分でもよく分からなかったけど
また話してみたいなって思った。
ポツ…
深澤「…お、ほんとに降ってきた」
頭に感じる冷たさ。
北条さんから貰った傘を開くとザーッと本降りになった。
見上げると傘に当たる水の塊。
透明感のあるそれを、初めて綺麗だなと思った。
雨の日も案外悪くないのかもしれない。
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作者名：mamemiya
| 作成日時：2023年1月29日 1時
