永遠の箱 (ページ22)

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唇だけあればいい / 品田辰雄　※注意ページ22

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真っ暗な闇の中、私の荒い息遣いだけが響いている。汚い部屋。終ぞ持ち主によって片されることはなかった。可哀想。だがいま一番可哀想なのは果たして誰だろうか。ナニだろうか。

なぜ殺したと問われれば、大好きな彼が私の痛みだけは理解してくれなかったから。優しくて臆病で人の痛みに敏感なのに自分の痛みには鈍い彼が、私のことだけは察してくれなかったから。憎くて憎くて殺してやりたかった。私以外を映す瞳なんて開いている必要がなかったでしょう。私だけを見て、私だけに触れて、私の名前だけを呼んでくれれば良かった。ただ、それがあなたの生きる理由だったのに。
震える手で体を自分の抱きしめる。寒くてたまらない。夜が深いからか、それとも何の光もないからか。でも明るくなればたっちゃんがいない現実に向き合わなければならない。それは、まだ出来ない。

「たっちゃんが悪いんじゃん。まともな職探すって言ったよね…？なのに、さぁ」

尋ねるたびに、「今探してるんだけどさ！」と言い訳をして、数少ないお給料は借金返済に使われて。不満がなかったわけじゃない。でも、たっちゃんが好きだから我慢してた。
私の作るごはんを好きって言ってくれて、たくさんおかわりしてくれて、次の日ゆっくりできる日には二人でのんびりベッドでじゃれあった。私にとってはそれがかけがえのない幸せで、理想で、いつまでもこんな日々が続くと思ってたのに。

ぶち壊したのは私で、そうさせたのはあなただ。

息の絶えた人型は腹部からいまだに血を流している。血の匂いがくさい。頭がクラクラしてきちゃう。
死体が見つかる前に、警察に自主する前に、最後にたっちゃんの顔が見たくてスマホの明かりをつける。綺麗な顔は青白くなりかけていて、いつも優しい言葉を吐いてくれていた唇はもう真紫に変色していた。そこにそっと指を滑らせる。冷たい。ああ、もう柔らかささえ失っている。

「たっちゃん…」

いつもするみたいに丁寧にキスをする。ほんのり血の味がしてお世辞にも美味しいとは言えないけど、私からキスするなんて滅多にないので我慢した。
もう一回呼んで欲しい。大好きって、Aちゃんがいればいいやって。私がいれば幸せでしょ？そう言ってたじゃん。ねえ、たっちゃん。

「…じゃあね」

私の名前を呼ばないあなたはもう要らないから。

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