永遠の箱 (ページ19)

今日:11 hit、昨日:7 hit、合計:13,036 hit

なみだの先に / 峯義孝ページ19

.

好きな人が死んだと聞いて、最初にこぼれたのは涙ではなくため息に近い返事だった。

「…はあ」

そうなんですね、とだけ返すと堂島さんは少しだけ目を見開いた。もしかすると薄情だと思われたのかもしれない。二人で頻繁に食事に行ったりホテルに行ったりしていたただならぬ関係だったくせに、それだけかと。違うんです、力が出なくてこれしか言葉が出ないんです。目で訴えるも、通じたのかよく分からないが堂島さんは「大丈夫か…？」と優しく勞ってくれた。
大丈夫なわけない。でも、心配かけたくないし。

「…私は大丈夫です、失礼します」

頭を下げて会長の部屋から秘書室へと戻る。これから堂島さんが倒れていた分の仕事を巻き返さなくちゃいけなくて、で今回の事件のことを細かくまとめて幹部会も開いて末端の組にまで一応報告しなければならない。その報告書を書くために何があったか事細かに誰かに話を聞かなければいけない。
仕事は腐るほどあるのだから、いちいち落ち込んでられるほどの余裕も暇もないのだ。
なのに、秘書室の柔らかな椅子に腰をかけた途端、どっと疲れが押し寄せて机に伏せてしまった。

だるい。おもい。はたらきたくない。
まぶたを閉じて息を吐き出す。そっか、そっか。峯さんもういないんだ。あの人はなんだかんだ良い人だったのだ。誰がなんと言おうと私の記憶の中では、あの人はそうだった。

「書類、まとめて堂島さんとこ、持ってかなきゃ」

そしたらとりあえず真島さんとか、桐生さんに今回の騒動について話を聞いて。いや桐生さんは浜崎さんに刺されてしまったんだ。今は真島さんしかいない。なら彼の元へ言って話を聞こう。
冷たい机が頬を押しつぶすのが気持ちいい。沸騰しそうな脳を冷やしてくれる存在が愛しい。沸騰してしまったら最後、私の感情が音を立てて溢れ出てしまうだろう。だから今は無理やりにでも蓋をしていてほしい。

「真島さんにアポ…まじま、真島…」

片手間にスマホを操作して彼の連絡先を探る。まじま、あった。だがその下に彼がいる。脳がその名前をなぞると、胸から熱い何かがこみ上げてきて苦しくなってきた。喉元までせり上がってくるそれを必死に飲み込んで抑える。私の中から一滴でも漏らすわけにはいかないのだ。彼への感情も、彼との思い出も、すべて。涙も恨み言もこぼすわけにはいかない。

だから大きく息を吸って、吐き出した。
そうすればあなたが私の中から消えないと、そう信じて。

.