おもかげ / 井上源三郎 ページ18
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源さんはよく私を褒めてくれた。可愛いとか、頑張っているとか、えらいとか。分厚い手を私の頭の上に乗せて微笑む源さんを感じると、知らずと私の心も弾むのだ。父親のような、叔父のような存在。血は繋がっていないのに、女中というだけの私を可愛がってくれていた。
ただ一つ言うなら、料理に関してはあんまり褒めてくれなかったかもしれない。
『新しく料理を作るときは十分味見をしろと何遍も言い聞かせてきただろう』
だって自分で食べたら美味しかったんです。そう呟くと、なら俺に味見をさせる必要はないなとため息をつくのだ。いつも泣きそうになって私が引き止める。美味しいとは言ってくれない。何が足りないかも言ってくれない。自分で考えてみろ、そうとだけ言う。
その度に私はぐずりながらも試行錯誤してまた完成したら源さんの元へ持っていく。完璧じゃなければ褒められない。息を吐き出すだけ。私はそれが悔しくて悔しくて、絶対に源さんに美味しいと言わせたかったのだ。
そして今日、また新しい料理を作った。というより、すぐそこの茶屋から配分を聞いて少し自分流を加えてみただけだが。自分でも悪くない。源さんに味見してもらおう。さすがのこれは美味しいと言うはずだ。
「A…」
「永倉さん、おはようございます。源さん見ませんでした?」
「……、さあな。それより、朝餉食いに行かんか?」
「それならもうお作りしてますけど…」
「ええから」
土蔵の前にいた永倉さんに声をかければ、ぐいっと強引に引っ張られてあっという間に屯所を出た。そして駕籠も使わず壬生から洛内の富士屋まで降りて、静かにお蕎麦を啜る。おかしい。永倉さんも、思えば屯所内の隊士たちも。どこか落ち着きがないように見える。最近何だか隊長間の空気も心なしか冷えている気もするし、変な想像ばかりしてしまう。
「永倉さん、何かあったんですか?」
「…今朝方……、えらい美人が屯所尋ねてきたんや」
「えっ」
「ほんで落ち着きないねん。アホやな」
何の用事だったんだろう、その人。そばをすすりながらそう考える。そういえば源さんがどこにいるかの質問をまだ返してもらっていないのを思い出した。ちらりと永倉さんの方を見ると、何だかあまりにも泣きそうな顔で私を見つめているから、気まずくなって質問は飲み込んだ。
「すまんな」
震えた謝罪の言葉はこのときの私には通じず、だが屯所に戻ったあとすぐにその意味を知るのだった。
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やっち。(プロフ) - はじめまして!素敵なお話をありがとうございます!外部サイトのURLを教えて頂けると嬉しいです! (2021年4月15日 12時) (レス) id: ee2f2b070d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きい | 作成日時:2021年1月15日 1時