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山田side
「……へ？」
「ごめんなさい。私、用意するの忘れてて。」
「え、あ、っはい、どうぞどうぞ！」
慌ててティッシュを差し出すスタッフに対し、伊野尾はありがとうと微笑みかけながらそれを受け取る。その表情には俺が思い描いていたような悲壮感も、僅かな怒気ですら含まれていない。
彼女はこの仕打ちに対し特に文句を言うことも騒ぎ立てることもせず、至って落ち着いた様子で周りのスタッフを下がらせると、動揺を隠せないままでいる俺の横に立って静かにリップを拭った。
「……どうしたんですか。不服そうな顔して。」
「ッ……あんた今のでこの映画に“主演2人が不仲”とかいう最悪なレッテル貼られたらどうするつもり？恋愛モノとしてはかなり痛手だと思うんだけど。」
「……逆に山田さんは、莫大な人気を誇るトップアイドルが人気沸騰中の女子ドルをこっ酷く虐めてるって記事より、恋愛映画の主演2人がド不仲で雰囲気悪いっていう記事の方が売れると思います？」
大きな目を余裕そうに細めた彼女から投げかけられた問いに、開きかけた口を噤む。
これに関しては彼女の言う通り、売れるとしたら圧倒的に前者だろう。日々人の不幸や弱みを探り回っている世間様からしたら、タレント同士のどうでもいい不仲話よりかは、一方がもう一方を虐め倒す胸糞話の方が酒の肴としてより優秀に決まっている。
……迂闊だった。
流石の俺も、真っ当な意見に楯突ける程の気力は持ち合わせていない。気怠げに小さく溜息を零す俺の顔を横目で見遣いながら、返答はせずとも答えなど分かりきっていると言わんばかりの笑みをその可憐な顔面に堪えて、彼女は心底満足そうに天を仰いだ。
「やっぱり、被害者がいる話ほど面白いものってないですから。」
「……虐め関連の話題はそこらの下手な熱愛より話の広まり方が迅速な上に悪質だからな。」
「あっ、確かに熱愛も面白そう！！……します？」
「……ッ、あんたって本当に人生楽しそうで心底羨ましいよ。」
苛立ち半ばにそう吐き捨ててわざとらしく舌を打ちながら彼女に背を向けると、後ろからやや間延びした口調で『返事は〜？』なんて聞こえてきたものだから、周りに自分達以外の人間がいない事をいいことに、『断固お断りだ！！！』と大声で叫んでやった。
最近は何処にいてもあいつの嫌に鷹揚な顔が浮かぶようになって余計気が立っているというのに。当の本人はよくもまああんな舐め腐った台詞が吐けるものだ。
「……いつか絶ッッッ対に泣かせてやるからな！！」
見ているこっちの血が昂ぶる程に飄々とした彼女の態度を思い出しながら、俺は1人静かに息巻くのだった。
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作者名：ひまちぃ | 作成日時：2023年3月2日 23時
