8 ページ9
山田side
夕暮れの砂浜を歩く2人の男女。暖かいの光の中で寄せては返す波の調をBGMに、少し離れて歩く2人の背中には厳かとも和やかとも言えないような、暗澹とした雰囲気が漂っていた。
『……お互いに有るべき場所へ帰る時が来ただけ……きっと……きっとすぐに慣れる。』
『それなら俺は、これから出逢う全てのものを凛花に重ねていけばいいの？』
『……っ、大雅…… 』
『俺のこと、置いてかないで……。』
苦しげに歪められた少女の瞳から零れ落ちた涙を、青年は目尻に這わせた親指で優しく拭う。割れ物にでも触れるかのようにその柔い頬を両手で包み込めば、病的な程に白く頼りない彼女の手が重ねられた。
青年は目を開けたまま唇を寄せ、少女もそれに目を開けたまま応える。少し口先で戯れては見つめ合い、また口付けて。互いの睫毛の拙い羽ばたきや、触れる鼻先のぬくもりを感じながら、2人は自然と深まり行くことへの躊躇いに、いつ尽きるとも知れない口付けに浸った_______________。
...
「…………ッはいカット！確認入りまーす！！」
午後の撮影が始まってから約2時間。監督から映像確認の指示が入ると同時に、待機していた演出スタッフ達はすぐさま持ち場へと移動し始める。
周りから大体の人間がいなくなったタイミングを見計らって、近くにいた新人メイクの手から用意させておいたウエットティッシュを奪い取り、未だ残る奴の唇の感触を消し去るように拭った。
「……っ、」
「どうかした？……伊野尾さん。」
恋愛映画の主演2人のキスシーン後だとは到底思えないくらい大袈裟に嫌悪感を醸し出し、いかにもわざとらしく口元を拭き取ってやれば、伊野尾は眉間に皺を寄せたまま僅かに唇を震わせている。
……そりゃそうだ。初対面で挨拶もそこそこにブス呼ばわりされ、初めてのキスシーンでは念入りに口を拭かれて。年頃の女からしたらこんな屈辱的な事はないだろう。しかし、ここでは残念ながら女優が声を上げれば守ってもらえるなんて甘い考えは通用しない。
「…………ッッ……そ、」
「ん？なぁに？」
さっきのヒロインよろしく大声で泣くも喚くも本人の勝手だが、どうかこんな大御所達の目前で醜態を晒してくれるなよ、と皮肉を込めて笑いかけた時、今まで黙って俯いていたそいつが突然、俺たちの横で酷く戸惑っていたスタッフに勢い良く掌を差し出した。
「……それ、私にも貰えますか！」
．
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 374人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ひまちぃ | 作成日時：2023年3月2日 23時
