5 ページ5
伊野尾side
あれから、千葉くんが俺の家に帰ってくる事が増えた。『なんで？』って聞いても、『山田くんが要らないなら俺がもらっても良いでしょ？』って。
多分、不器用な彼の最大限の心遣いなんだと勝手に解釈させて貰っている。
「いのちゃん、おいで。」
「……ん、」
そして、こうやって抱き締められるようにもなった。
俺からしたら山田以外の人と、こんなにも頻繁に抱き締め合うことなんて初めてで、最初こそ慣れない肌のぬくもりに戸惑いもしたけど、今になると大分慣れてしまっている。
それに、今俺の事を気遣ってくれる人がいない中で
家に帰ると彼がいて、抱き締めてくれるっていう環境は、俺にとっても精神安定剤になっていたのかもしれない。
あの日、状況が変わるまでは。
……
「おい。」
その日もいつもの様に自宅に帰り、ドアノブに手をかけようとした時だった。
抑揚は無く、声だけでもそこに何の感情も含まれていないと分かるが、そんなこと気にする余裕もなく、頭から爪先まで電流がびりびりと走る様な感覚に襲われ、
紛れも無い彼の声だと認識して仕舞えば、俺の心は大きな歓喜に震えた。
「やま、ちゃん。」
ゆっくりと振り向き、そこに立っている人物を視界に入れた途端、俺の目からは無意識に、涙が一粒零れ落ちる。
「……何であんたってさ、すぐに泣くの。泣きたいのはこっちだって。」
冷たく言い放たれた彼の言葉に、すっと現実に引き戻された。
そうだ、向こうにとって俺は加害者。少なくとも今はそう思われているのだ。
彼が、俺の涙に苛立つのも無理はない。
無意味だとは分かっているが、
『やまちゃんに嫌われたくない』
そんな俺の意識が先行して、止めどなく溢れる涙を慌てて拭った。
「あんた自身に特に用はない、その指輪返してもらいに来ただけ。」
“その指輪” と言って、彼が目を向けたのは
付き合っている時に俺が貰った、シルバーのシンプルな指輪。
『今はこれしか渡せないけど。』
って笑った彼に、幸せで胸が痛くなったのを覚えている。
「俺、知念と付き合うことになった。」
だから元恋人に、自分が渡した指輪をいつまでも持ってて貰うわけにはいかないってか。
……そりゃそうだ。律儀な彼のことだ、知念の事も深く深く大切にしているんだろう。
彼女が不安になる事、させられないよね。
無理矢理だったかもしれない。
それでも自分の中で割り切って、右手の薬指に手を伸ばした。
．
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 395人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「やまいの」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ぽぽ - 何回も何回も読んでは泣いてを繰り返しています。最終話まで必ず待ち続けます！ (2023年4月2日 14時) (
レス) @page22 id: 2356846dec (このIDを非表示/違反報告)
ひまちぃ(プロフ) - ぬんさん» コメントありがとうございます！！内容自体も模索しながらの執筆となりますが、これからも楽しみにしてもらえると幸いです💓 (2022年9月13日 6時) (レス) id: aaba219193 (このIDを非表示/違反報告)
ぬん(プロフ) - 何回読み直してもめっちゃ泣けるほど好きです😭結末がどうなるのかめっちゃ気になってしょうがないです！！ひまちぃ様の作品全部毎回読み返すくらい書き方が好きです！最終話まで待ち続けます👮 (2022年9月13日 0時) (レス) id: 9851ed22ed (このIDを非表示/違反報告)
ひまちぃ(プロフ) - mojyabucchantさん» コメントありがとうございます！！こんな超超超亀更新作品をそんな風におっしゃっていただいて嬉しい限りです！！なるべく更新続けていけるように頑張っていきます！！ (2022年9月7日 21時) (レス) id: aaba219193 (このIDを非表示/違反報告)
ひまちぃ(プロフ) - ふぅいさん» 返信非常に遅くなってしまい申し訳ありませんでした。コメントありがとうございます！！一文字一文字何度も読み返して嬉しさに感じ入っております……。ふぅいさんのお言葉に私もモチベを刺激されながらこれからも精進して参ります！ (2022年9月7日 21時) (レス) id: aaba219193 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ひまちぃ x他1人 | 作成日時：2021年8月11日 22時
