薔薇 ページ8
.
「ではこれで失礼しますね。先ほどの資料に不備などあれば、いつもの場所に居ますので。」
「ああ。お疲れ様。」
事務的な内容と他の男の話だけを残して、席を立つ彼女。
身にまとっている緑色の制服は、彼女が心から慕う男をどうしても連想させてきて、なんだか癪だった。
皿の上には、もう欠片の一つも残っていない。
綺麗に紅茶もケーキも平らげると、タイムリミットを迎えた。
「もう一つだけ、いいかな。」
本日二度目。またしても彼女の事を呼び止める自分は、どれだけあきらめが悪いんだろうか。
不思議そうな顔をしているAもAだ。
どうして、気づこうとしない。....いや、それは僕の落ち度ともいえるか。
こちらをじっと見つめる瞳も、艶かしいほどに美しい髪も。
どれもが僕の事を魅了する。
最初は体外から帰還したレアケースとしての興味が勝っていたけれど、いつしかあの空虚をみつめるような、それでいて退屈そうな顔を綻ばせてみたいと思うようになっていった。
アルバムで見つけた幼少期の彼女は、写真の中で満面の笑みを浮かべている。
何が彼女をここまで変えてしまったのか、庇護欲を掻き立てられた、というのも正しいかもしれない。
僕ですらもこの体から出ていくだなんて、足が思わずすくむと言うのに。彼女はその命を二つ返事で引き受けたと言うのだから、なんとも肝の据わった単球だと感心したものだ。
興味は関心に、関心は敬意に。
そして敬意は恋情に。
徐々に形を変えていったそれがここにたどり着くまで、そう時間はかからなかった。
「....特に、いやほんとに、深い意味は無いんだが。」
「これは？」
入り口の扉に手を掛ける彼女に、一輪の赤いバラをさした。
その髪の耳元。
一番整った形に育った、とっておきの一輪だ。
「その...、樹状細胞くんに褒められたと言っていただろう。良くやった、といわれると。」
「ええ。兄の様な、存在ですので。」
「それだ。僕からも、君の仕事ぶりに敬意を表して何が贈れればと思ってね。」
真っ赤なバラは、髪の漆黒と良く似合っていた。
けれど樹状細胞の制服は緑。赤の補色だ。
相反する二つの色。そのコントラストが、何とも目を引く。
急に男から花など送られれば、それはまあ驚くだろう。
彼女も案の定少し目を見開いてから、なんだか恥ずかしそうに下唇を噛んだ。
「......ありがとう、ございます。」
ほんのりと、赤らんだ頬。
...あんまりだ。
彼女は、狡い。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 29人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：るーこ | 作成日時：2019年3月26日 1時
