Gray.93 ページ43
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談笑する声と共に食事をする音が響く。
鼻腔をくすぐる匂いに耐えきれずに一口食べれば、それは紛れもなくお袋の味だった。
久しぶりに食った、母親の夕食。
ジャンキーな物が多い向こうも嫌いではなかったが
やはり実家の味が一番美味いと思う。
「先輩、美味しいですか?」
エプロンを外しながら俺に問い掛けてくる彼女のその姿に、少しだけドキリとする。
そして、ちょっとだけ思う。
夫婦って、こんな感じなのだろうか。
「…それ聞くって事はこの煮物はAも一緒に作った?」
「それを聞かないで美味しいって言ってくれるデリカシーは持ち合わせてないんですか?」
「はは、言うね。…美味いよ」
夕食前に、Aは母さんと共に台所に立っていた。
多分、教わりながら作ったのは目に見えていたので素直に褒めてやると
母親が「私には言ってくれないのに」とか弟達がまたひゅーひゅー言い始めたりとかしたけれど
弟達は母親の静止で意外にもすぐに食卓に向き合った。
その後、しばらく談笑しながら食事を摂る。
食事の量が三分の二程に減った頃、即ち、弟達がお腹いっぱいになる頃に
また暴走が始まった。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、お揃いの指輪してるのって結婚指輪って言うのよね! 」
まだ年端もいかないからかまるで王子様とお姫様を見るような目で妹がそう言った。
興味無さそうに「えー、それがどうしたの?」と言う弟に妹はまた興奮したように離す。
ちなみに静止出来る母親は先に食べ終え台所で皿洗い中の為この場に居ないので誰も止められない。
「指輪は結婚の証なのよ!だからパパとママもしてるの
そんなのも知らないなんて子供ねーっ」
「ふふ、結婚指輪だって」
いやお前も子供だろーが。そしてAも妹にノるなとそうツッコミたくなったがその言葉を飯と共に飲み込む。
そして代わりの言葉を口から出した。
「アホ。それは左手。俺達がしてんのは右手だろ?」
「それって、ちがうの?」
妹の言葉に、なんて答えるべきか少し迷う。
こ、婚約指輪…?…いやいや、それは流石に気が早すぎる。
いつかは考える事になるだろうけれど流石に早い。
「お揃いだよ。…お兄ちゃんはアメリカに行っちゃうでしょ?
離れててもそばに居るよって証なんだよ」
迷った俺の代わりに口を開いたのはAだった。
もう食事を終えたAは目を細めて右手の薬指で光る指輪を見ながらそう答える。
その横顔に、少しだけ焦がれてしまった。
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作者名:由麻 | 作成日時:2018年12月14日 6時