アップルパイの温度/ htrnrn ページ4
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「だ、んぁ、すぁ、あ"。」
「ずっとずっとAには目を付けてたんだ。」
刀ががちがちと悲鳴を立てる音が反響する。刀とは力を入れずに振るう代物であることは彼が恐らく一番熟知している。彼はそれを扱う人間であり、それを生業としているのだから。首の周りにある様々な器官が刃の滑りを悪劣にし、それと同時にぶちぶちと命の弾け飛ぶ音がする。
「お見合い写真を見た時は運命かと思ったよ。」
「ゔ、」
鼓膜に落ちる甘言。柔らかで湿度の高い彼の声。鈍色が私の命を裂いてゆくのに彼はその鈍色を一向に縦に引かない。引いてしまえば私は忽ちにして絶命するだろうに彼が私の命を奪取しようという素振りは一向に見えなかった。横に押す様にして埋め込まれる刃からはただ鮮血が滴るばかり。
「これでやっと合法的に俺の者になるんだって、歓喜が抑えられなかった。」
恍惚に震える声。肩に回される彼の屈強な腕には私の紅が溢れて紅い湖を作っていた。純白の美しいジャケットに広がる模様は何処か穢れている様に感じられ、思わず目を背けてしまいたくなる。一定の位置で金属板の進行が止まる。血管か筋にでも刃が引っ掛かってしまったのだろう。彼はナイフの水平の進みに限界を感じたのか柄を握り、尾の方から緩慢に水平に戻してゆく。重力に逆らう事の無い重たい血液はどうやら弁の真下を切った為か、思ったより流れ出る事はなかった。だが、それでも主流血管を流れ出る血液の量は尋常ではなく、たらりと肌を滑った。
「この屋敷の中に閉じ込めて、可愛いAをずっと堪能していたかった。この、柔らかな肌も甘くて可愛い性格もずっと、ずっと。」
彼は首筋から流れ出る濁った赤色を指でなぞる。彼の白い軍手に淫らな果汁が絡まってその指先を一つの欲で染めてゆく。朦朧とする意識の中でも彼は優しく微笑んで死という恐怖さえ薄らいで眠りの揺籠に誘う様に緊張を絆すのだ。傷口に湿った柔らかい感触が触れる。毛細血管に染み渡る程に甘美な口付けだった。そうして私をあやしながらも鉄片を抜いてゆく。溢れる鮮血は腐敗した芳香を奏でては広がってゆく。卓上に置かれたアップルパイは既にその温度を失いかけていた。
著 / 鵯
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鵯(ひよどり)(プロフ) - ぽんずさん» 毎度お世話になっております野鳥に御座います。お気に召された様で何よりと存じます。お粗末様でした。 (2020年11月8日 22時) (
レス) id: 72d1a498da (このIDを非表示/違反報告)
ぽんず - こそこそ覗いておりました私です。私が大の甘党故タイトルに惹かれ読んでおりましたが御二方の菓子を結んだお話に今尚うっとりしております・・！口の中に広がる違和感、垣間見える狂気に今回も圧巻です。鵯様、アムリタ様、ごちそうさまでした！ (2020年11月8日 10時) (レス) id: cc7e22f34f (このIDを非表示/違反報告)
鵯(ひよどり)(プロフ) - 1さん» 言葉は殊更に束縛されずに故に解き放たれた莫大な力であり、実体を伴わぬ矮小な存在であると思います。それは最早単語の域を超えた歪曲した慣用句でさえも正当化されるものである為、貴殿も気儘にお過ごしください。応援ありがとうございます。 (2020年10月25日 23時) (レス) id: 72d1a498da (このIDを非表示/違反報告)
1 - 聞いた事の無い言葉の羅列でどうにも良くならない頭がパンクしそうですが、読むのは勿論、知らない単語を調べるのも一つの楽しみになりつつあるので、これからもひっそりと応援させて頂きます。頑張ってください！ (2020年10月25日 22時) (レス) id: 3bc86cc6f5 (このIDを非表示/違反報告)
鵯(ひよどり)(プロフ) - あこさん» ありがとうございます。双方力を合わせて緩々と連載して参りますので、よろしくお願いします。 (2020年7月19日 10時) (レス) id: 72d1a498da (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：鵯(ひよどり),アムリタ
x他1人 | 作者ホームページ：鵯
作成日時：2020年7月7日 9時
