◇ ページ29
Yuri's Past
知｢あれ、ここは…………。｣
『侑李ー？聞いてるのー？』
目を開くとそこは、見慣れたいつもの自宅だった。
でもひとつ違うのは……
『お母さんが晩御飯準備してる間にお風呂洗っておいてくれる？』
知｢……あ、うん。｣
お母さんが僕のことを覚えてくれているということ。
_
3年前、僕のお母さんは認知症と診断された。
最初は、ほんの些細な物忘れだったんだ。
買い物に行ったのに財布を忘れる。
ついさっき置いたばかりのスマホの場所が分からなくなる。
少し抜けている母だから、よくある事だと軽く受け流していた。
…………でも。
『あなた…………………だれ？』
その病は、確実にお母さんの脳を蝕んでいた。
24時間、誰かが見ていないと家を飛び出してしまう。
突然感情的になり、罵声を浴びせる。
息子である僕のことも覚えていない。
そこにいるのは確実にお母さんなのに、
僕の好きなお母さんはそこにいないような気がした。
_
お風呂掃除を済ませキッチンを覗くと、鼻歌を歌いながら夕飯の支度をしているお母さん。
その後ろ姿は、僕の大好きなお母さんだった。
『ん？……あれ、侑李お風呂掃除してくれた？』
知｢うん。｣
『ありがとね、もうすぐ晩御飯できるから。』
ふと、右腕につけた腕時計を見てみる。
もう既に時計の針は半分進んでいた。
『いつまでそこ立ってるの笑
そんなにお腹空いちゃった？』
そう言って笑うお母さんが僕の涙で滲んだ。
すると僕の異変に気づいたのか、火を止めて僕の顔を覗き込む。
『どうしたの急に。体調悪い？』
そう言ってぺたぺたと僕のおでこや首に手を当てる。
なんか、懐かしいな…………。
『熱は無さそうだけど……。何か嫌なことでもあった？』
優しい顔で、優しい声でそう話しかけてくれること。
当時のこの僕は当たり前だと思っていたけれど、それは違う。
玄関に飾ってある家族の写真、小さい頃に僕が書いた絵、僕が貰った賞状。
どれも愛おしそうに昔のお母さんは眺めていたのを思い出す。
僕の話を嬉しそうに聞いてくれていたし、どんなに小さなことでも褒めてくれた。
間違ったことをした時はどうしてダメなのか、僕が納得するまで叱って教えてくれた。
本当に愛情深い、そんな人だった。
だから、最後に一つだけ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
知｢お母さん、ありがとう。｣
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作者名：如月 | 作成日時：2021年11月20日 19時
