君死にたまふこと勿れ

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「来たぞ、準備しろ」



あの電話からきっちり30分後。



本日最初の客・電話の主が到着したようで、カナコはメニューを手にすると急いで入口の扉の前へと移動する。


入口の前で姿勢を正したところで、珍しくボンベロから声をかけられた。



「…ひとつ忠告しておく。客が入ってきても、決してそこを動くな。声も出すな。俺がいいと言うまで、何があっても直立不動で静かにしていろ」

「え？どうして…」

「いいから黙って言う通りにしろ。首と胴体をまだ繋げておきたいならな」



ボンベロはそれだけ言うと、扉の鍵を解除するためホールを去ってしまった。



「動くな声も出すなって…どんな怖い人が来るって言うの……」



ボンベロにこんな忠告をされたのは初めてのことで、カナコは今から来る客のことを想像してぶるりと震えた。



動いたり声を出したりすれば、死ぬ。



緊迫した空気の中、ガチャリと扉の鍵が解錠される音がした。



1枚…2枚……3枚めの扉が解錠され、ギィッと音を立てて重苦しい扉が開く。



扉の向こうから姿を現したのは、黒い髪で少し俯きがちに立っている女性だった。


今まで男性の殺し屋にしか会っていなかったカナコは、同じ女性だということに少なからずホッとした。



………のは、僅か数秒だけだった。




ふと彼女の右手を見たカナコは、そこに握られていた血塗れの大きな刃物を見て思わず声が出そうになった。


口をつきそうになった悲鳴をすんでのところで飲み込んだが、もう一度彼女を見てカナコの喉がひゅっと小さく鳴る。




赤色だと思っていたフード付きのワンピースは、よく見れば裾の方が白色だ。


彼女の放つ異様な雰囲気に、カナコはその赤色が何であるかを悟ってしまった。


べったりと赤色を付けた白いワンピースの彼女は、一歩踏み出すと徐に俯いていた顔を上げる。



その顔にも同じく赤色がべったりとくっついていて、黒曜石のように綺麗な瞳にはギラギラとした光がくすぶって見えた。



『……ボンベロ…』



また一歩、靴音を響かせて進んだ彼女は、まるで目の前のカナコが見えていないかのように虚ろにつぶやく。


彼女がまた一歩を踏み出したところで、厨房の扉を開けてボンベロが姿を見せた。



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