��.kwmr ページ2
電気のつかない写真館に近寄る人はあまりいない。少し郊外に位置するボロボロの洋館から、僕は毎日、必死に彼女の痕跡を拾い集めている。今のところ、君のことを思い出してら風化するその記憶に怯えているだけだけど。
間違えて迷い込んだ客に廃業を告げる僕を世間はこの廃れた写真館の主だと思うのだろう。その実態は、亡き恋人に縋りつくただの哀れな男だと言うのに。世間様も見る目が無いもんだ、と思う。まあ、その哀れな男は今目の前の割れているカメラの液晶画面に反射している訳なんですが。折れたまま転がる照明を足元に自虐的な笑いを零すと哀れな男も同時に笑った。
かつては仲睦まじい家族や成人を迎えた男女が立っていたスタジオの真ん中に頓挫する、大きなカメラの名前を僕は知らない。大概のカメラを使える君は何故かもっぱら、フィルムカメラを愛用していたから。二眼で現像の手間も必要な、無知な一般人からしたら手のかかる代物だったけど、死んだ祖父の写真館を譲り受けた彼女には簡単なもので、作品の中にピンボケは全く無かった。そんな面倒なものを笑顔で触るような君だったから僕と付き合っていたのかもしれない。どちらかと言うと捻くれているし、同時にその自覚もあった。
写真館には店主…彼女が撮った写真がかけられている。普遍的なフォトスタジオの様に笑顔の可愛らしい写真だけじゃなく、紛争地帯や路上の喧嘩などの人間の汚らしい部分も不公平なく飾られている。今や、浮世を写したそれらを眺めるのは僕だけだ。
その中に一枚だけ、小綺麗なフレームにいれられた写真がある。少し遠くに車を出して、デートをした後に百均で買ったプラスチックの安っぽいフレームだ。子どもの小遣いでも買えるようなフレームに大笑いした後、セルフィーで撮った笑顔の僕らの写真をいれた。弾けるような笑顔の君と、少しだけぎこちない笑みを浮かべる僕。
｢羨ましいよ｣
息を吹きかけると、積もっていた埃が空を舞った。過去の自分に嫉妬するなんて頭の可笑しい話だ。そこにいるのは経験も知識も分別も無い頃の僕で、言わば今の劣化版。あの頃から様々な人との出会いと別れとを繰り返した僕は、今頃君と幸せな家庭を築くはずだったのに、何故か僕の隣には壊れたカメラしか無い。世界のアップデートは繰り返されても机の上のフィルムカメラは置きっぱなしのままだったし、一眼レフのレンズは割れたままだった。
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作者名：狭 | 作成日時：2021年9月23日 1時
