3 ページ10
＊
「おまたせしました」
控えめにノックされた扉越しに聞こえた声を合図に、すぐにロックを外す。
後部座席に乗ろうとした彼女を全力で止める。
「なんでそうなんねん、こっち。」
横のシートを手で叩けば、遠慮がちにそこに体を滑らせた彼女。
夏らしいワンピースは、彼女らしいもので。
さっき店先で見かけたよりも色づいた頬と唇が、夕日と同じ色をして、きれいだった。
「乗っても、大丈夫ですか？」
「俺、Aちゃん乗せるためにここにきたんやで？」
誰かが見てたらどうしよう。
もしこれで、何かあったら？
そんな不安がそのまま書いてある顔が、こちらに心配そうに向けられていた。
そんなものは、気にしなくていい。
その気持ちをこめて見つめ返せば、観念したのか切り出された質問。
「どこ、いくんですか？」
「Aちゃんの、いきたいところ」
彼女がシートベルトを下げたのを確認してから、エンジンをかけた。
緊張しているのか、背もたれから背を離して力の入ったままの彼女を横目に、その体制がおかしすぎて、思わず吹き出す。
「誘拐してんとちゃうんやから、着くまでゆっくりしとってよ」
行き先は、つたえないまま。
車は大通りを滑り出す。
流石にずっと同じ体制は難しかったのか、背もたれに体を預けながら、こちらをちらちら見る彼女に、悪戯心が擽られる。
「そんなに見つめられたら緊張して事故るわ」
「あ、えっ、ごめんなさい！」
「っはは、ウソウソ」
「っふふ、いじわる」
笑った俺につられて、クスリと笑った君。
「やっと笑った」
「え？」
その顔が、その笑顔が。
俺が一番、欲しいものだった。
あの日。
俺の気持ちを聞いて、目を見開いて言葉を失っていた賢ちゃんの顔が、脳裏にチラつく。
「Aちゃんのこと、花火大会に連れてってあげて、欲しいねん」
そう言った賢ちゃんの本心が、わからなかった。
自分の気持ち。
彼女の気持ち。
彼の気持ち、も。
正解なんて、わからない。
でも。
自分の中にある答えを必死に正当化しながら、握り締めたハンドル。
少しあけた窓から抜ける、秋が混じった風が、隣にいる彼女の髪をふわりと撫でて。
行き先に向けられたカーナビの矢印を確認しながら、少し色が変わり始めた空の下をただひたすら、走り抜けた。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 100人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きゃめ(プロフ) - メイさん» メイさん、こちらこそ最初からずっとコメント応援本当にありがとうございました！予定を何度も覆して大分ラストまで遠回りしましたが、楽しみにして頂けて嬉しかったです。私もこのお話がいつしか日常の一部になっていた部分があってまだ寂しいので続きでも宜しくです！ (2020年9月16日 6時) (
レス) id: e2386f9ce6 (このIDを非表示/違反報告)
きゃめ(プロフ) - ハンナさん» ハンナさん、ずっと応援して下さって本当にありがとうございました。ずっと励みにしておりました、なので御礼をお伝えしなくてはいけないのは私です。少しでも楽しんで頂けたなら本望です。今はまだ燃え尽きてますがまた頑張りますのでその時は宜しくお願い致します！ (2020年9月16日 6時) (レス) id: e2386f9ce6 (このIDを非表示/違反報告)
メイ(プロフ) - お疲れ様でした。とてもとてもステキな終わり方で、、余韻がすごいです。ドキドキハラハラするお話で、この先どうなるのかと続きを毎回楽しみにしていました。終わってしまうのが寂しい。2人のその後、ぜひ読みたいです。きゃめさん、ステキなお話ありがとう！ (2020年9月16日 0時) (レス) id: 24f8e2afc7 (このIDを非表示/違反報告)
ハンナ(プロフ) - きゃめさん…なんだか言葉が見つからない…ひとまずお礼を…お疲れ様でした、ありがとうございます 静かな優しい物語に巡り合えたことに感謝です みんなが優しくてちょっと弱くて、でも熱い気持ちがあって……また次回作楽しみにしています (2020年9月15日 23時) (レス) id: 9d1b7de85f (このIDを非表示/違反報告)
きゃめ(プロフ) - みささん» そうだったんですか！好きなお話って書いていただけて嬉しかったです。最後までお付き合い頂けたら嬉しいです◎ありがとうございます。 (2020年9月15日 3時) (レス) id: e2386f9ce6 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きゃめ | 作成日時：2020年9月6日 17時
