とある夜のお話2

3 ページ18

＊




ものの15分もせずに出来上がったのは、Aが一番好きな味噌汁で。



大きめの器に取り分けて渡せば、
いただきます、という声とともに溢れた本当の笑顔。





「お前、ずっとその顔でいろよ」



「…え？」



「むりすんな、アホ」





「………おいしんじ……へへ」





滅多にテレビなんて見ないくせに、どこで覚えたのか。

おいしそうに箸を進める目の前の小さな女の子のためなら



なんでもしてあげられるような気がした。




小さな頭の上、
無意識に乗せた掌を、払うことなく目を細めたままの彼女の笑顔の奥に、



いつも自分の一番そばにいるやつの面影がチラついた。








「なあA、お前。………好きなやつ、いるやろ」



「なんですか、いきなり」



満足したように空の器を持って席から立つAは、そのまま洗い物に移動して。

逸らした目線は、噛み合うことがない。





「話逸らすな。………賢志郎やろ？」



なんでわかったんだ、と顔に描かれた表情で俺を見つめて。

すぐに、ぐらぐら視線を泳がして。




「……かわ、川西さんは、応援してる、だけで…」




こいつは嘘つくとき、絶対目が泳ぐことに気づいていない。




「素直に、なってもええんちゃうの？」





もう、幸せになって、いいんやで。


過去に縛られてばかりで進まない気持ちを、そろそろ捨ててもいい。




むしろ、なんでお前の過去は、お前をそこまで捉えて離さないんだろう、なんて。


野暮なことを思う、けれど。




初恋は叶わないって、よく聞くあの言葉は。


それだけ、初恋が心に突き刺さる永遠の記憶になるって事実の裏付けで。





「あいつは。急にお前の側から、いなくなったりせんよ」




大事だからこそ、失いたくない。


進んで壊れるくらいなら、ずっとこのままでいたい。


でも、進めて自分だけのものにしたい。




あなただけのものになりたい。





そんな気持ちを、きっと。




目の前の君は、あいつに。



俺は、君に、思っているのだろう。









「ねぇ、信二さん。わたしね。」




伏せた瞼から、長い睫毛が影を落とす。





「こんな、苦しいくらいなら、


恋なんて、したくないよ、」






君が泣くなら。

この気持ちは、ずっと抱えて持っておくよ。




「むりすんな、アホA」




焦げ付いた気持ちが、

君がうかべた涙に、溶けて見えた。

幻でいてほしかった場合1→←2

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す