きみに花束は渡せない【進撃の巨人】 (ページ4)

今日:3 hit、昨日:11 hit、合計:12,075 hit

003 ページ4

シガンシナ区へ来て1年が経った。

ここでの一人暮らしは思ったより悪くない。

誰もわたしを知らない。

この瞳だって、帽子を深く被ればバレることはなかった。

それにここは、村よりも発展していて目に映る全てが初めてだらけだった。

診療所へは、最初こそ顔を出してすぐに帰宅していたが、次第に夕方頃まで長居するようになった。

先生や患者さんと談笑するのが楽しくて仕方なかった。

壁を1枚越えただけでこんなに世界が変わるなんて思ってもみなかったんだ。

いつもの帰り道を歩いていると、大きな鐘の音が響き渡った。

この音は村にいたときもこっちへ来てからも聞いていたけど、連絡用とか、なんだかそんなような物だと思って気にしていなかった。

でも

｢チッ…あいつらもう帰ってきたのか｣

隣にいたおじさんが冷たく言い放った。

あいつら…？

その答えは聞くよりも先に現れた。

『…！！』

血まみれのマントを身につけ、随分と疲弊した様子の兵士たちが列をなして歩いてきたのだ。

一体何者かとたじろいだけれど、マントに大きく載ったエンブレムは見覚えがあった。

『調査兵団……？あれが…？』

今よりもっと小さい頃、クラウス兄さんが話していたのを思い出した。

当時11歳だったクラウス兄さんは、来年訓練兵団になって、その後調査兵団に入りたいんだって楽しそうに話していた。

────調査兵団になって、壁の外を見てみたいんだ！

────いつかAにも見せてやるからな！

『炎の水……氷の大地……砂の雪原……』

兄さんが見たいと言っていた物って、こんなになっても見られないの？

視線が落ち、動けずにいると誰かのハンカチがひらりと落ちた。

『えっ…』

咄嗟に拾ったハンカチは血まみれだった。

｢すまない｣

馬が止め目の前にしゃがんだ落とし主は、短い金髪を七三に分けた大きな男性だった。

『怪我、してるんですか…？』

自分でも驚いた。話しかけるなんて

ただクラウス兄さんの憧れた人たちだってだけなのに。

その兵士は少し目を見開いたあと

｢これは私のものではなくて…仲間の形見なんだ｣

と言った。

『頑張った、んですね…』

脳を介さず口が勝手に動く感覚───

失礼なことを言っていないだろうかと冷や汗をかく。

しかし兵士は驚いたような、困ったような顔をして微笑み

｢ありがとう｣

と、わたしの頭を撫でてまた馬に跨った。