距離 ページ17
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「はーい、入って」
「失礼しまあす」
松村先生が、準備室の鍵を開ける。
薄暗い部屋を、西陽が優しく切る。
この瞬間が、いちばんドキドキする。
準備室は、もう松村先生の城と化していて
松村先生の好きな本が好きなように積み重ねられている。
こんなに好き勝手しちゃっていいんですか?って聞いたら、誰も来ないしねーと呑気に、いつものように語尾を伸ばして言っていた。
松村先生が窓辺に立って、外を見たまま
「あ、見て、モモちゃんが好きそうな空」と言った。
その声に誘われて隣に並ぶと、
濃いオレンジ色から宇宙の深いブルーへのグラデーションが目に溶けこんできた。
「ほんとだ…好きです」
"好きです"とつぶやいた言葉は、
「好きな空の色です」という意味で言ったはずなのに
どうしても松村先生を意識してしまって、少し震えた。
少し開けた窓の隙間から入ってくるのは、
ひんやりとした風。
火照った頬にちょうどいい。
「モモちゃん」
「はい」
松村先生の顔は、夕空に向いたまま。
「さっきの見てた?」
「さっき…」
戸惑うわたしの心をさらに揺らすように
ふふっ、とかわいらしく笑った。
「教師に恋するなんて、バカらしいよな」
「え」
冗談で言っているようにも
本気で言っているようにも聞こえて
"え"しか言えない自分が情けない。
「社会出たら腐るほど男いるってのに。まあ…俺もいい男かもしれないけど?」
やわらかそうな黒髪を夕陽に透かす先生は
いつもと違う。すこし怖い。
すこしずつ、距離が近づいていたように感じていたのは私だけで、松村先生とわたしの間に大きな距離があった。
水族館の水槽のガラスみたいな
透明ですぐそこに見えるのに、分厚く超えられない壁。
なびく白いカーテンが、そのまま松村先生を連れ去ってしまいそうで、思わず先生の手首を掴んでしまった。
もう戻れない。
先生の表情が固まって、
目つきが鋭くなった気がする。
でも、ここまで好きでいたんだもん、
わたしの気持ちをなめないでほしい。
…なんて心の中で意気込んでみたって
やっぱり好きな人の前じゃわたしは弱くて
やっとの思いで口から出たのは
「先生…恋人いらっしゃいますか?」
ああもう、やってしまった。
「プライベートな質問には答えられません」
先生のネクタイの結び目をじっと見つめる。
少しでも間違えたら、ほろほろと簡単に壊れてしまいそうな関係だ。
怖くて、目線を上げることができない。
「……なんでですか」
「それ知ってどうすんの?」
「え、…と」
「いるよ」
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つき(プロフ) - たかっち(葉月)さん» ありがとうございます〜〜!!( ; ; )ドキドキしてくださってるなんて、とてもうれしいコメント…お待たせしていて申し訳ないですがどうぞこれからもよろしくお願いします (2021年2月11日 2時) (レス) id: 7ed4157c8a (このIDを非表示/違反報告)
たかっち(葉月)(プロフ) - とてもドキドキしています。久しぶりにこちらのサイトで目に止まったのがこちらの作品でした。上手く言えませんが、とにかくすごくドキドキしちゃってます!北斗担なので、余計かな・・・笑更新心待ちにしています (2021年2月6日 16時) (レス) id: 2cfc0e60bd (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:つき | 作成日時:2021年1月25日 0時