今度に滲む優しさ ページ22
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呆気に取られている私を他所に、先輩は溜め息を一つ挟んで、静かに言葉を続ける。
「 社内でストーキングされるのは正直迷惑極まりないけど、百歩譲ってまだ許せる。けど、仕事で出向いてる会社にまで私情を持ち込むな 」
彼にそこまで言われて、あぁもしかして、と一つ思い当たる節があったのを思い出す。
あの時だ。先輩の真剣な横顔を見つめすぎて、肝心の呼び掛けに気づけなかったとき。
でも、あれはいつものそういうのじゃなくて。ただ、緊張の糸を緩めようと思って、それで―――次々と浮かんでくるその言葉を言いかけて、寸前で止める。
そういうのじゃない、なんて所詮言い訳だ。
実際に私は、あの場で、先輩の横顔を見つめて、ボーッとしてて、気を抜いていた。それはもしかしたら、会社自体の印象も下げてしまうかもしれない行為なのだ。
確かに私は、まだ、学生の気分で居た。
「 ……すみませんでした 」
こんな風に叱られている時まで、いつものようにふざけようとは思わない。
だって彼は、私に本気で怒ってくれているんだ。
普段嫌い嫌いと言っている相手にも、見放さず、ちゃんと叱ってくれているんだ。
そんな彼の優しさを仇で返すなんて、仮にも彼を好きな人間の一人として、出来るわけがない。
素直に怒られて頭を下げる私と、無言の先輩。
視界に入り込む彼の足はどことなく落ち着きが無くて、今の状況に少なからず戸惑っていることが伝わってきた。
「 …………いや、まぁ……うん。ごめん。こっちも、言い過ぎた。立華の説明、ちゃんと重点が絞られてて、分かりやすかったよ。そこは、ほんとに、自信持っていいから 」
不器用な謝罪に続くぎこちない先輩の褒め言葉に、思わず下げていた頭をバッとあげる。
顔を上げた先。振り返った体勢のままの先輩は私を目を合わせると、いつもならしかめる顔を緩めて、そっと口許に笑みを浮かべてくれた。
「 ……今度は、ちゃんと集中しろよ。この馬鹿 」
大きな手で作られた拳がコツンと私の額を小突き、その感触を確かめている間に、彼はなにも言わず無言で歩き始める。
……あぁ、もう。私が好きになった先輩は一体、どれだけズルい人なのだろう。
あれだけ私と一緒なことを嫌がってたのに、そんな簡単に『 今度 』なんて使って、次の予定まで組んじゃって。
やっぱり私は、貴方が大好きだ。
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作者名：朝田 | 作成日時：2021年2月26日 0時
