［完］どうか藤の花に隠して【冨岡義勇】

右上がりで細くて小さな字 ページ23

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A殿

まずは妙な小細工をお詫びしたい。
先日お伝えできなかったが、
A殿の血には鬼を引き付けるものが流れている。
祖父君が鬼に襲われたというのも恐らく同様。
同封したお守りは、鬼を遠ざけるまじないの護符だ。
肌身離さず持っていてほしい。

くだんの女学校襲撃の際にも思ったが、
貴女はどうも自身を犠牲にするということに頓着がない様子。
どうか御身を第一に、幸せに暮らしてほしいと願っている。


冨岡義勇

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『冨岡…義勇』

義勇さん。

私は誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。
やや右上がりの、角ばった字。想像していたより細くて、小さな字。

義勇さんとおっしゃるのね。

藤の花のお守りとその文を、胸にぎゅうと抱く。
きりきりと痛んでいるのがいったい体のどこなのか、私にはわからなかったが、私は悲しくてならなかった。
幸せに暮らしてほしいと遠くから願われることがたまらなく、悲しかった。
文は、文机の抽斗の一番底に仕舞った。
そして、襟にそっとお守りを忍ばせる。

「お嬢様、敬一郎様がお訪ねですよ」

ふすまの向こうから、今度は花の声で呼びかけられる。
今日は約束はない日だけれど、と思いながら、私は慌てて軽く身なりを整えると、反物を端に寄せて立ち上がった。

『はい、すぐに』

ふすまを開けると、廊下の突き当りに敬一郎さんが立っていた。
困りますわ、敬一郎様、と花が困ったように敬一郎さんを制している。
どうやら私の部屋に入ろうとしていた敬一郎さんを、花が止めていたらしい。

『敬一郎さん、すみません、わたくしお出迎えもせずに』

「許婚を訪ねるのに使用人の許しがいるのか、この家は」

敬一郎さんは苛立ったように言って、花をじろりと睨んだ。

『ああ、ご無礼を。
　わたくしが着替え中だったので―――』

「なら、もう入っていいですね」

そう言うと、敬一郎さんは花の肩をぐいと横に押しやると、私の部屋のふすまをすらりと開けた。

『…お掃除もできていませんの。
　殿方をお部屋にお入れするのは、はばかられますわ』

試しに言ってみるが、無視だ。
これはいったい何の検閲か、と私はげんなりした気持ちでその背中を見ている。

「あれは？」

敬一郎さんは、部屋の隅にならべられた反物を身て言った。

『…結納の日に着る着物の、生地を選んでましたの』

そう答えると、満足そうに微笑んだ。

「あの薄い若葉色なんて似合いそうだね」

無意識に、襟のあたりに触れる。


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