25話 ページ25
***
時間はほんの少しさかのぼる。
職場のエントランスで童磨と邂逅した嘴平は、その足で経理部の入っている5階のフロアに戻った。
「…おい!」
突然声をかけられた経理部の生田は、驚いたように顔を上げる。
嘴平の顔を見て、あら、あなた鬼怒川さんの、と雑談を始めようとした彼女を制して、彼は「鬼怒川の住所知らないか!?」とせき込むようにして言った。
「じゅ、住所?」
「様子がおかしかった!
年賀状用とか、緊急連絡先として、共有されてないか!?」
本来であれば、課員の個人情報を漏らすのはルール違反だろう。
だが生田は、嘴平の勢いに気圧され、また彼があまりにも真に迫る口調で言うものだから、思わず課内共有フォルダから彼女の住所をひっぱりだしてきて彼に伝えた。
「久寿ノ木町…遠くねえな」
厭な予感がした。
何かはわからないけれど、肌にぴりぴりとくるような、妙な気配のさっきの男を思い出す。
痛いほどの不快感だった。
エントランスロビーまで降りると、そこにはもう彼らの姿はなかった。
嘴平の姿を見つけて声を掛けてくる同僚たちをいなして、タクシーに飛び乗る。
できるだけ急いでくれ、と伝えた。
―――共有フォルダを見る限り、鬼怒川Aは一人暮らしだ。
だからこれは賭けでしかない。
嘴平は、タクシーから転がり落ちるように下車するなり、マンションのドア付近を探る。
―――あった!
そして、表示されている管理会社の電話番号に連絡を入れる。
「すぐに来てくれ!もしかすると、犯罪に巻き込まれている可能性がある!」
ここ最近、ずっと様子がおかしかった。
9月に赴任してから何度も経理部を訪れたから知っている。
向こうはまったくこちらを見なかったし、たくさんいる営業の一人なんだろうけど、こちらからしたらたった一人の担当経理だ。
日に日に顔色が悪くなり、隈が深くなり、…極めつけがあの首の傷だ。
あれは絶対に、誰かに日常的に暴力を受けている。
そしてその誰かは、間違いなくさっきの男だ。
あれを見たとたん、彼女が死人でも見つけたかのようにおびえ始めたから。
そして、管理会社を伴って彼女の部屋の前まで来た嘴平は、ドンドンとその玄関ドアを叩いた。
「鬼怒川!!いるんだろ!!開けろ!!」
―――その場にいた俺たちは、ドアの向こうからかすかな声を聴いた。確かに聞いた。
『―――助けて』
『死にたくない』
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ゆん - 性癖ドストライクで死にました← (2021年8月21日 13時) (レス) id: f3622d769a (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - つるかめさん» 恐縮です!ありがとうございます!こんな趣味全開の書き物楽しんでもらえたなら嬉しいです。お星様連打してくれる人一番好き (2020年4月26日 18時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
つるかめ(プロフ) - こんなに一番右のお星さま連打したのは初めてです…。言葉選びといい世界観といいめちゃくちゃ好きでした!完結おめでとうございます!素敵な小説をありがとうございました!! (2020年4月26日 18時) (レス) id: 21a20e72bc (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - まほろさん» これが性癖のど真ん中…!この変態さんめ!コメントありがとうございます、頑張って書きます!! (2020年4月25日 15時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
まほろ(プロフ) - 性癖のど真ん中を貫かれました。感情を持てあましすぎて読みながら踊り狂ってます (2020年4月25日 3時) (レス) id: 83522f25c5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2020年4月15日 1時