3話 ページ3
***
動くのも面倒になり、昼間まで寝ていると、チャイムが鳴った。しつこく何度も鳴らされる。苛立ってドアを開けると、警官がふたり、こちらを覗きこむような目をして立っていた。浴室の扉を閉めておけばよかった。「昨晩、この近所で事件があったんですが、何か不審な物音や人物などに心当たりはありませんか?」警官の片方が、人当たりのよい声音で言った。のこる片方が、じっと私の顔や、しぐさや、部屋の様子などを見ているような気がする。
『…いいえ。家から出なかったので。』
私がそう答えると、存外あっさり、そうですか、お時間とらせました、またお伺いするかもしれませんがご協力お願いします、と警官は去っていった。
また来るのか。きっと彼もまた来るだろう。忘れていった凶器を取りに私の部屋まで来るだろう。私はまたそれをだまってまねきいれ、億劫さに負けて、彼からもう逃げることもせずに、すべて受け入れるのだろう。隣のアパートが封鎖されていた。黄色のテープが張られ、一日中警官が出入りしていた。
***
会社へ行く。帰る。誰に見せるわけでもない絵を描く。そして油が乾くと、また上から色を塗り、別の絵を描く。その繰り返しに、きっと私の心はもう死んでいた。死んで冷えて、乾いた粘土細工みたいに弾力も失っていた。
でもきっとどこかで、私はそれを破壊したかったんじゃないか。
私を微塵に砕いてくれる何かを求めていたんじゃないか。
煮詰まった願いが歪んで、結果彼をひきよせたのだとしたら。
はたして、彼はその日の夜中に私の部屋を訪れた。
律儀にチャイムを鳴らして、昨日と同じ邪気を孕まぬ笑顔で、
「忘れものをしたんだ。あがってもいいかい?」
と首を傾げた。私はふたたびこれをまねきいれる。
災厄だと分っているのに、今日はみずからの意思でまねきいれた。
「これ、ありがとう。」
彼は丁寧にたたんだジャージを差し出した。
黙って受け取り、その顔を見た。
テレビが点けっぱなしになっていた。
朝からずっと、隣のアパートで起こった殺人事件の報道ばかりだ。『これ、』あなたでしょう。
私が彼に対して発した初めての言葉だった。
「そう、君、俺のこと誰にも喋ってないんだね。」
殺さなきゃいけなかったかもって考えてたんだけれど。
『―――殺さないで。』
「殺さないよ、だって誰にも喋らないだろう?」
彼の言葉に邪気はなかった。
『なんで殺したの。』
彼はやさしく笑うだけで、何も答えない。
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ゆん - 性癖ドストライクで死にました← (2021年8月21日 13時) (レス) id: f3622d769a (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - つるかめさん» 恐縮です!ありがとうございます!こんな趣味全開の書き物楽しんでもらえたなら嬉しいです。お星様連打してくれる人一番好き (2020年4月26日 18時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
つるかめ(プロフ) - こんなに一番右のお星さま連打したのは初めてです…。言葉選びといい世界観といいめちゃくちゃ好きでした!完結おめでとうございます!素敵な小説をありがとうございました!! (2020年4月26日 18時) (レス) id: 21a20e72bc (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - まほろさん» これが性癖のど真ん中…!この変態さんめ!コメントありがとうございます、頑張って書きます!! (2020年4月25日 15時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
まほろ(プロフ) - 性癖のど真ん中を貫かれました。感情を持てあましすぎて読みながら踊り狂ってます (2020年4月25日 3時) (レス) id: 83522f25c5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2020年4月15日 1時