［完］黒死牟邸に居候してます (ページ42)

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字は読めない① ページ42

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ある日のことだ。
私は困っていた。
困っていたが、上機嫌ではあった。
なぜ上機嫌かというと、あのお方が血の小瓶と一緒に色鉛筆をくだすったのだ。
それを大事に抱えて黒死牟さんの屋敷へ帰ろうとしているのだが、どうも道を間違ったらしい。
私は仕方なく、森へ逸れた先のうらぶれた古い家で朝をやり過ごすことにした。
なんとなくわかるのだが、ここは鬼の住まいだ。

『ごめんくださーい』

私は玄関から声をかける。
不思議な屋敷だ、玄関からすぐに三方は扉でとじられ、暗く圧迫感がある。
間違いない、この妙な屋敷には陽を恐れる鬼が棲んでいる。

『ごめんくださーい！』

私はもう一度声をかける。
しばらくして、ゴトン、と音がしたと思うと、正面の引き戸が細く開いた。

「…誰だ」

『A草と申します！迷子になったので一晩泊めていただけないかと！』

「…鬼か。…断る」

『ええ！？あの！！』

私が言い終わらないうちに、その鬼はパタンと引き戸を閉めてしまった。
仕方ない、勝手にお邪魔しよう、と一歩小あがりを登ったところで、バン、と引き戸が開き、先の鬼がまさしく鬼の形相で現れ、「靴を脱げ！！！」と怒鳴った。

『ヒッ、ごめんなさい』

私はあわてて履いていた草履を脱ぐと、いそいそと揃えて鬼の後ろをついていく。
何はともあれ不法侵入は免れた。
ぐるぐると長い廊下を通って、奥の座敷に入る。
私は、鬼が文机につくのを見て、お、と後ろから覗き込んだ。

「…小生の背後をうろつくな、気が散る」

『ほえー、字だ』

「読むか」

『字は読めない。紙がほしいです、ほら、これ』と私は懐から色鉛筆を出した。

『紙をくれたらおとなしくしてますよ！』

鬼は、文机のそばに散らばっている書き損じの束を顎で指すと、好きに使うがいい、と言った。
私はその一枚をもらって、畳の上で描こうとするが、でこぼこしているせいでうまく描けない。
破かないようにそうっと描いていると、ぬっと影がかかった。

「何を描いているのだ」

『太陽ですよ！これが春、こっちが夏、秋、それから冬のお日様』

「…酔狂な鬼もいるものだ」

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