［完］黒死牟邸に居候してます (ページ25)

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あのお方の回想 ② ページ25

鬼にしたとき、ほとんどの人間は自我を喪い、手当たり次第人間を襲い始める。
多少才覚のある鬼は意識を保ち、鬼となってしまったことを嘆いたり自死しようとしたりすることもある。
この駄鬼はいずれでもなかった。

「仕方ない。」

なんだかんだで面倒見のいい私は、それをしばらく手元におき、大量の血を与えられたにもかかわらずほとんど人間の意識を保っている原因を探りつつ、私の悲願である太陽克服に使えないか実験動物として使ってみることにした。

「この駄鬼。お前の名は？」

『ずびっ……Aでしゅ……。』

「贅沢な名だね！お前みたいな雑草は今日からA草だ。
来い、A草。
黒死牟はここまでだ。」

黒死牟が煙に溶けるように消えていくのを見届けてから、私はA草の襟首をつかんで研究用の自室へ引きずった。

＊＊＊

結果、駄鬼は太陽はダメ、人肉は一切受け付けず、かといって何ら血鬼術も持たぬ木偶であることか判明し、私の求めるような知見は一切得られなかった。

私は駄鬼に輸血用の血液を与えてみることにした。
人殺しに関わらない血であれば、多少抵抗感も薄れるようで、空腹で限界だったらしい駄鬼はそれをぐびぐびと飲んだ。
そしてゴロンと横になり、寝始める。なんて行儀の悪い鬼なのか。食事のあとにすぐ横になると牛になるって習わなかったのか。
そもそも鬼に睡眠はいらない、こいつは趣味で寝ているも同然なのだ。この私の前で。

忌々しい思いで部屋の隅に転がる駄鬼の、丸めた背中を眺めていると、妙なことに気づく。
背中の輪郭がぼやけている。
例えるなら、薄く牛乳を混ぜたゼリーのような膜が、背中全体を覆っているような。
いや、覆っているというよりこれは、変質している。
肩のあたりまで、丸く光るようにして透けている。

「おい、」

私は思わず、駄鬼の背中に手を伸ばした。
妙に触り心地のよい、ぽよんとした感触。
A草が身じろぎをした。
その瞬間、ずるっ、とA草の姿が液状にほどけ、背中に触っていた手から何かが入ってくるような感覚を覚えた。

ーーーその後のことは、思い出したくもない。

とにかく、それがぺしゃんと私の体から出てくるなり、すぐさまそれを蹴り出すと、月に一度血を与えるときだけ呼び出して、血を飲ませたらすぐさま放り出し、注意深くそいつを避けることにした。

ーーー黒死牟め、忌々しいものを鬼にしたな。