19話 ページ19
杏寿郎さんの母上は、私の姿を見るや、ぐしゃっと表情を歪めて、その小柄な体からは想像もつかない強い力で、私を抱きしめた。
「Aさん、こんな思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。」
ぎゅう、と私の肩を抱きながら、そう言って謝る。
私の冷え切った体に負けず劣らず、母上の体もまた冷たかった。
かすかに震えてさえいた。
私は何も言えなかった。
彼女の夫、杏寿郎さんの父上も杏寿郎さんと同じ柱の階級にまで登りつめた人だ。
つまり、彼女は、煉獄瑠火という人は、私が耐えられないと思いすらしたこの絶望を、もう何年も、何十年も抱えてきたのだ。
夫や息子の帰らぬ日が今夜かもしれないという夜を。
そして、嫁の立場になる私のために、ここへ駆けつけてくれた。
あんなに冷えていた体のどこにこんな熱があったのか、頭の先がきんと灼けるように痛み、
ぼろぼろと涙が溢れる。
杏寿郎さんの母上は、まだ私をぎゅうっと、強く強く抱きしめている。
『死なないで!
杏寿郎さん。
お願いだから、今日も明日もずっと
帰ってきて
いなくならないで、杏寿郎さん、行かないで!』
私の悲鳴のような泣き声が、母の胸にやさしくくるまれて、誰に届くでもなく消えていく。
……これは絶対に、杏寿郎さんには言ってはダメだと、私が、私たち妻たちが引き受けていかねばならないものだと、
私も杏寿郎さんの母上も分かっていた。
分かっていたから母上はここに来てくれたのだ。
***
杏寿郎さんの母上と二人で、握り飯を食べた。
用意したものすべてを平らげた。
黙々と食べる間は、泣くことも喚くこともできないから、私たちは食べた。
「Aさん、杏寿郎を、よろしく頼むわね。」
別れ際、母上ははっきりと言った。
『はい。お母様。』
私もはっきりと答えた。
ーーー数日後、蝶屋敷という場所から、杏寿郎さんが負傷して戻ったとの報せが届いた。
ーーー私はそれを受け取った朝のことを、玄関の三和土に座り込んで獣のように声を上げて泣いた朝のことを、生涯忘れない。
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やも - 冨岡夢の作品を読んでこちらも拝見させてもらいました。やっぱり文章が綺麗に洗練されていてとても好きです!素敵な作品ありがとうございました。 (2020年5月7日 14時) (レス) id: be623916d5 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - Rさんさん» コメントありがとうございます〜!変な文章どころかありがたい文章です…今のところ続きは書いてなうのですが、書くことがあればこの小説にリンクでも貼ろうかなと思ってます! (2020年4月15日 21時) (レス) id: 218c4f48c9 (このIDを非表示/違反報告)
Rさん - 完結おめでとうございます!コメントするの初めてなのですが変な文章になってないでしょうか?とても感動しました!続きなどあれば是非教えて下さい!素敵な時間ありがとうございました (2020年4月15日 14時) (レス) id: f96fb724ca (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - 炎さん» 一気読みできるテンポを狙って書いていたので、コメントうれしいです、励みになります!読んでいただいてありがとうございました! (2020年3月30日 15時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - ss好きの923chanさん» ありがとうございますー!読んでいただけて嬉しいです。また思いつけば短編でも書こうかなとは思ってます! (2020年3月30日 15時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2020年3月27日 23時