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逃げようと思えば、外に逃れることはできたかもしれないが、それに意味があるとは到底、思えなかった。夜の闇があるうちは、あの男は空を伝ってどこにでも現れるような気がしたし、音もなく私を引き裂くことも容易かろうと思った。
言いつけを忠実に守るべく、賊どもが引き倒した衝立を起こし、ふすまを戻し、そこここに散らばる血のあとを拭き清める。
蒸し暑い梅雨の夜の中で、無心に動いていればほんのわずか恐怖がまぎれる気がした。

「……なぜ人間が」

不意に、背後で別の声がして、飛びすさる。壁を背に視線を上げてみれば、縞模様の入れ墨を顔に入れた男が、血まみれの両腕を隠すこともせずだらりと立っていた。
立っている姿に、わずかの殺意もなかったが、その血で汚れた姿に私は恐怖した。やはり、人間のそれではなかった。

「猗窩座。首尾はどうだ」

奥の座敷から、首領の男が入れ墨の男に声をかける。あかざ、と呼ばれた入れ墨の男は、さっと私に背を向けると、奥の暗闇から現れた男に向かって片膝をついた。

「上々にございます。隣町の書物問屋はここほど、大きくはありませんでしたが―――」

「そうか。私はしばらくこの屋敷に滞在する。書物をここへすべて運ぶよう、他の鬼どもに伝えろ」

「御意」

入れ墨の男は短く答えると、そのまま目にも止まらぬ速さで外へ消えていった。私の横面を血なまぐさい風が撫でて、あとに残されたのは外に目を遣る首領の男と私だけだ。
なるほど、ここの他にも、書物を扱う商家を襲ってまわっているらしい。

「……女、店の目録を持ってこい」

男は視線を私に向けず、口だけでそう命じた。
……目録? 戸惑うが、問うことはできない。きっと、この店の在庫書物の一覧をしたためた記録簿のことをいっているのだろう、そうあたりをつけ、震える脚を引きずって立ち上がる。
大旦那様が普段勘定に使っていた書卓の奥に、着物入れのような箪笥があって、仕入れた書物の目録が仕舞われている。―――今夜は金庫改めの日だった。大旦那様はそこで仕事をしていたのだろう、台と座布団にはべっとりと血がこびりついていた。吐き気を堪えながら箪笥をあさる。綺麗に整頓された目録のうち、一番新しい在庫分を数冊選んで男に手渡した。

「……」

男はばさばさとそれを捲る。私はそこから動けるはずもなく、ただぎゅうと肩に力を入れて、できるだけ小さくなって立っていることしかできない。

「字は読めるか」

そう問われて、小さく頷く。

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せいた(プロフ) - とても面白かったです!話せるようになった主人公が開き直る感じがすきですw続きが気になるますが完結どの事で残念ですが、お疲れ様でした! (2022年10月22日 2時) (レス) @page40 id: 4527c8b3f3 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - みおさん» 嬉しいです〜読んでくださりありがとうございます!いつも終わりどころって迷いますよね… (2022年8月28日 0時) (レス) id: 02e548a085 (このIDを非表示/違反報告)
みお(プロフ) - お、終わりなんですか…?!この作品ほんとに大好きです!!まだ終わる予定は無いのでしたら(?)主様なりのペースで更新頑張ってください!!応援してます!! (2022年8月28日 0時) (レス) @page39 id: 98c132f21e (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:イトカワ | 作成日時:2022年8月18日 2時

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