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お湯屋ののれんをくぐり、番頭に小銭を渡す。

「あい、まいど」

風呂屋と言っても、湯船に浸かるのではなく、温められた湯を桶ですくってかけ湯できる借り湯である。
湯上がりにはひさしぶりにきちんと髪を結って、水が垂れてこないよう手拭いをほっかむると、きた道を帰った。その間にも太陽は照りつけて、また汗がじわ、と吹いてくる。

屋敷の戸を開けて、その明暗の差に目が眩んだ。雨戸を閉め切った屋敷の中は昼間とは思えぬほど暗く、やはりここだけ時が止まったように夜だった。

鬼舞辻無惨は、出た時と変わらず蔵の壁にもたれかかり、書物を捲っている。
私が蔵に入ると、彼は少しだけ首を傾げてこちらを見た。
手拭いをほっかむりした妙な出立ちに顔を顰めると、また手元に目を落とす。

「っ…!」

だが私は、あまりの光景に持ち物をすべて取り落とし、声にならない悲鳴を上げた。
ガラン、と風呂屋に持って行った手桶が床に叩きつけられ、間の抜けた音を立てる。そのまま転がって、それに当たって止まった。

彼が書物を捲る傍らに、女の遺骸が転がっていた。

うつ伏せて、だらりと片腕をこちらに伸ばした姿勢のまま、ぴくりとも動かない。手桶は、彼女の指先の手前に転がっている。どこから流れたとも知れぬ黒々とした血が、蔵の年季の入った土床に染みて、取り返しのつかない汚れになっていた。

「片しておけ」

鬼舞辻無惨は淡々と命じた。

女は、黒い袴に身を包み、腰元に刀を挿している。だがそれが抜かれた様子はなく、彼女が何か行動できるより先に事切れたことを明白にしていた。

「…鬼狩りの斥候だ。よもや私がいるなどとは思いもしなかったようだな」

彼はやはり淡々と言った。はら、と頁が捲られる。私が動かないので、怪訝そうな目で睨みあげる。

「何をもたもたしている?」

そう急かされ、慌てて遺骸に駆け寄った。
駆け寄ったが、私はどうしてもそれに触れることができなかった。

「軟弱な…」

男は心底呆れたような、怒ったような声で吐き捨てる。

「もう良い」

そして私を軽く突き飛ばすと、女の頭を掴んだ。突き飛ばされた拍子に、ほっかむりが解けて髪の毛がばらりと崩れる。
髪の毛のすだれの隙間から、男が持ち上げた女の首筋にかぶりつく様が見えた。
半分開いた女の目が、こちらを見ている気がした。

そのまま、果物でも屠るように食い進められていくのを、ただ呆然と見ている。

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せいた(プロフ) - とても面白かったです!話せるようになった主人公が開き直る感じがすきですw続きが気になるますが完結どの事で残念ですが、お疲れ様でした! (2022年10月22日 2時) (レス) @page40 id: 4527c8b3f3 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - みおさん» 嬉しいです〜読んでくださりありがとうございます!いつも終わりどころって迷いますよね… (2022年8月28日 0時) (レス) id: 02e548a085 (このIDを非表示/違反報告)
みお(プロフ) - お、終わりなんですか…?!この作品ほんとに大好きです!!まだ終わる予定は無いのでしたら(?)主様なりのペースで更新頑張ってください!!応援してます!! (2022年8月28日 0時) (レス) @page39 id: 98c132f21e (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:イトカワ | 作成日時:2022年8月18日 2時

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