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それにさえ耐えていれば、すべて今と同じ、未来は無いが平穏で、痛みはあっても苦しみはない、そんな永遠の夜に、眠っていられる。眠っていたい。せめてわずかでも長く。ーーーそのためなら、全部、明け渡してもいい。
ほとんど朦朧としながら、私は男の底なしの目を見つめた。
私の中の固いものはとうにすべて砕かれていて、柔らかいものだけがその赤い血の目に晒されている。
「…なるほど」
男はしばらくして、呟いた。
「別に、貴様など要らぬわ」
男は、乱暴に私の手を掴んで、投げ捨てるように払った。そして首筋に指先を這わせる。ピク、と反射的に体が震える。
「…もう一度見ろ、私を」
あの目で。
低い声で命じられて、私はわずかに首を動かして男の顔を見た。男の顔がゆっくり覆いかぶさってきて、唇が私の唇に触れる。薄い唇の内側に、硬くて鋭い牙を感じる。試しにもう一度、男の頬に触れてみる。払い除けられなかったから、少し指先を伸ばして、耳のあたりまで触ってみる。どくどくと、耳の後ろに脈動を感じて、この男にも血が巡っていることを知る。
柔らかな男の唇の間から、冷たい舌が差し込まれる。驚いて反射的に退け反ろうとする頭を、男の片手が押さえる。胸を押せども、ぴくりともしない。口付けては離し、また角度を変えて噛み付くように口付ける。粘膜がついては離れ、湿った口腔を掻き回される音がが途方もない羞恥を私に覚えさせた。恐ろしく気持ちが良かった。捕食に近い行為なのに、まるで睦み合っているみたいだ。気づけば体の力は抜けていて、だらりと壁にもたれる私の耳元で男は囁いた。
「なぜ喜んでいる?」
男はそう言って、私の首に牙を立てた。
肉が裂けて血が噴き出す。
その痛みは頭を痺れさせる。
流れる血を舌で受けながら、男の唇は次第に下に降りていく。ずるずると、私の体は床に倒される。男は手のひらを襟元に差し入れる。反対側の手であっという間に帯が解かれる。裾の合わせが乱れる。あらわになった腿のあたりを鋭い爪がつう、と撫でる。
正中線を鋭い爪がなぞって、軌跡はそのまま細い傷になる。やや遅れて、ぷくりと血が滲んだ。爪は喉の辺りで止まった。刻まれた傷を、男の舌がなぞる。
この屋敷には夜しかなかった。私にのしかかる鬼舞辻無惨の背中の向こう、固く閉ざされた扉の向こうでは、真昼の蝉の、叫ぶような声が響いていた。
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せいた(プロフ) - とても面白かったです!話せるようになった主人公が開き直る感じがすきですw続きが気になるますが完結どの事で残念ですが、お疲れ様でした! (2022年10月22日 2時) (レス) @page40 id: 4527c8b3f3 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - みおさん» 嬉しいです〜読んでくださりありがとうございます!いつも終わりどころって迷いますよね… (2022年8月28日 0時) (レス) id: 02e548a085 (このIDを非表示/違反報告)
みお(プロフ) - お、終わりなんですか…?!この作品ほんとに大好きです!!まだ終わる予定は無いのでしたら(?)主様なりのペースで更新頑張ってください!!応援してます!! (2022年8月28日 0時) (レス) @page39 id: 98c132f21e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2022年8月18日 2時