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その言葉が終わる前に、男は部屋から出て行く。あとに残されたのは、はだけた着物の帯を直す機会を見計らう私と、男が出て行ったあとを畏怖の目で見つめる刺青の男の二人。
着物の襟元を整えようと動けば、衣擦れの音が暗がりに響いた。
ぱっと刺青の男がこちらを見る。特段の嫌悪や侮蔑はなかったが、その目線はおそらく当人も意識しないまま、私の首筋を伝う血の筋に釘付けになっている。
この人にとって喰われることはないだろうと、不思議と確信を持って思った。
ぎし、と床板が軋む。
男が、一歩前に出たからだ。
思わず肩を揺らし、腰を浮かせて後退すれば、初めてその顔に煩わしそうな色が浮かんだ。人間に対する侮りなのか、女に対する嫌悪なのか、それは計りかねた。計りかねたが、それはきっと、「我に帰る」という名の心の動きだったのだろう。昏い熱に揺れていた男の目が、気づけば夜の空と同じくらい、凪いでいた。

男は私の着物の襟の合わせを掴むとーーー反射的に肩が強張り、腕を掴んで拒絶しようする、がびくともしないーーー、その体躯に見合わぬ丁寧な手つきで揃え、首元の噛み傷を隠した。そして腰の後ろに手を回すと、解けている帯を腹側に通し、結んで整える。後ろに手を回した拍子に、私の顔と男の胸が触れた。やはり、この男の膚も死んだように冷たい。

「畏れながら」

不意に男が、虚空に向かって心外げな声で言った。

「俺は女など食わなくても強くなれます」
「こんなふうに、試されずとも、それは証明してきている筈」

私がぽかんとしていると、すらっと襖が開いた。

「興醒めだ」

どうやら刺青の男が話しかけていたのはこの男らしい。出て行ったふりをして、中の様子を伺っていたのだ。
下劣な趣味だな、と思った。

「お前が劣情に負けて、その女を食い散らかすところが見たかったのに」
「…ご冗談を」
「女だろうが男だろうが、人間なら変わらぬだろう。食え。食わねば強くなれぬぞ」

男はそれには応えず、また次の新月に参ります、と言い残して屋敷を出て行った。なるほど、あの鬼は女は食わない・食いたくないと、好き嫌いしているのか、としばらく遅れて気づいた。それを許されている立場なのだということも。
お気に入りの部下をおちょくって遊ぶための小道具扱いされたことには、とくに何らの感情もなかった。


***

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せいた(プロフ) - とても面白かったです!話せるようになった主人公が開き直る感じがすきですw続きが気になるますが完結どの事で残念ですが、お疲れ様でした! (2022年10月22日 2時) (レス) @page40 id: 4527c8b3f3 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - みおさん» 嬉しいです〜読んでくださりありがとうございます!いつも終わりどころって迷いますよね… (2022年8月28日 0時) (レス) id: 02e548a085 (このIDを非表示/違反報告)
みお(プロフ) - お、終わりなんですか…?!この作品ほんとに大好きです!!まだ終わる予定は無いのでしたら(?)主様なりのペースで更新頑張ってください!!応援してます!! (2022年8月28日 0時) (レス) @page39 id: 98c132f21e (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:イトカワ | 作成日時:2022年8月18日 2時

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