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しかし、無論。
総合的に見て、それは失敗だった。
私は、それを何とか取り繕おうとした――天宮の失敗に気付かない振りをして、適当に、馬鹿な話を振ったように思う。
それまでの一ヵ月、いつも天宮としていたような、馬鹿な話だ。
天宮はいつも、それに合わせてくれていた。
けれど。
このときは、さすがに無理だった。
「優しいね、Aちゃん」
天宮は言った。
「優しくて、いい人だね」
そうだ。
私はこのときもまた――そんなことを言われた。
天宮から、言われていたのだ。
「歩こっか。少し」
そんな風に僕を誘った天宮。
断る理由がなかった。
というより、断れるはずもない。
天宮がそんな風に私を誘ってくることなど、それまでに一度もなかったのだ――恐らく、そのときの天宮は、人恋しかったのだと思う。
一人じゃいられなかったのだ。
私だから誘ったわけでもない、誰でも良かった。
そのとき、そこにいたのが私だっただけだ。
それは、天宮にしてみれば、あまり状況に即した相手だったとは言えないだろう――少しでも天宮が冷静だったなら、私を相手には選ばなかっただろう。
後に出会うことになる浦田渉なんかとは違って、私は決して聞き上手な人間ではないからだ。
簡単に感情移入してしまうし、黙っていられず言われたことに口を出し、話の腰を折ってしまうこともしばしばである。
ただし、天宮は、それを補って余りあるほどの、話し上手だった。
だから、その複雑な事情も、さほどの苦労なく、飲み込むことができた。
マウンテンバイクを押して、天宮と並んで歩きながら、私は天宮翔太の話を、聞いた。
まず。
天宮翔太には、父親がいない。
勿論生物学上の父親はいるのだろうが、社会的には、彼は天涯孤独の母親から生まれた。
父親の所在は今もって不明。
調べるつもりなどないけれど、調べたところで、恐らくは推測の域を出ず、確実には絞りきれないだろうということだった。
翔太。
そう名付けられた。
この言葉には『たすく』『たすける』という意味がある。親鳥が、卵や雛を、その羽で守るように庇うことをいう――
輔翼。
翼々。
どちらも、私は知らなかった言葉だけど。
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作者名：灰猫 | 作成日時：2022年9月6日 0時
