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「仕方ないか――前回の記憶までは戻らないってんなら、それを不幸中の幸いとするべきでしょ。
天宮にとっちゃ、辛いところだけど」
前回は、怪我の功名と言えたけれど。
今回は、不幸中の幸い、だ。
「前回は、僕と相対した段階では、ブラック天宮くん、暴れるだけ暴れまくって、大体のストレスを解消していたと言ってもよかったからね――封じるのも容易かった。
けれど、あくまで、封じた、さ。消えてなくなったわけじゃない。
怪異を消してもストレッサーを消したわけじゃないからね。
ストレスが溜まれば、また浮き上がってくるさ――泡のように」
「ストレス……」
「問題は、今回のストレッサーは何なのか、だ」
ストレスの原因をストレッサーという。
当然、天宮にとってのそれは、家族だろう。
と、思うのだが。
「いや、僕も最初はそう思ったんだけどさ――Aちゃん、どうなんだろうね？
十七年間自分を律してきて、ついに解放されたストレス――それが解消されたばかりだというのに、ただの一ヵ月程度で、また同じレベルのストレスが溜まるもんなのかな？」
「あ――それは」
「幸い、あれ以来、委員長くんが親から暴力を受けたってこともないんだろう？」
「まあ――ない、みたいだけど」
「いやあ、僕としては、委員長くんにとっては、いいことなのかもしれないと思うよ――怪異に曳かれた人間は、その後も怪異に曳かれやすくなってしまう。
それはAちゃん自身が、今もって体験していることだ――委員長くんも、これからそうなると言うのなら、怪異について、知っていることは重要だ」
自覚は必要だよ、と、歌詞さんは言った。
それは――その通りかもしれなかった。
知っていなければ、対応できないこともある。
知っていても、手に負えないことはあるが――それでも知ってさえいれば、逃げることくらいは、できるのだ。
そうやってバランスを取る――ということだった。
「でも――歌詞さん」
私は言った。
背後を――二つ向こうの教室で縛り上げられたままのブラック天宮を、思いながら。
「なんで『あいつ』――また、出てきたの？
ゴールデンウィークに、しっかり封じたはずじゃん。
二度と現れないんじゃなかったの？」
「そんなことは言っていないよ」
と、歌詞さんは首を振る。
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作者名：灰猫 | 作成日時：2022年9月6日 0時
