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「………………」
しかし。
そこで、はたと気付く。
優等生、委員長の中の委員長、天宮翔太が抱えていた、誰にも想像がつかないような、複雑な家庭事情それはわかった。
私の頭で理解するにはちょっと複雑過ぎたくらいだったが、天宮の理路整然とした説明のお陰で、正確に把握できた。
天宮の、過剰なほどに真面目な性格のバックボーンが、そこにあるのかもしれないということ(そして天宮自身は、そうは思って欲しくないということ)も、得心いった――しかし。
しかし、である。
それは、顔面の半分が、ガーゼによって隠されている説明にはなっていない。
全く、なっていない。
そもそもはその話ではなかったか。
「……そうだね」
天宮はここでも――失敗した、という顔をした。
これは本当に、ただの失敗だったのだろう。
「俺、何言ってんだろう――これじゃ本当に、Aちゃんで憂さを晴らしただけじゃん」
「いや、それは別にいいんだけどね――」
「誰にも言わないって、約束してくれる？」
そんなことは言わなくてよかったのだ。
たまたま出会っただけの私に、本来なら、そんなことまで言う必要はない――なんなら、本当に、憂さを晴らしただけでも、よかったのだ。
けれど、誰に対しても品行方正であろうと、誰に対しても正しくあろうと、誰に対しても誠実であろうとする天宮翔太は、これで、私に、顔面のガーゼの理由を、説明しないわけにはいかなくなった。
言う必要なんかないのに。
聞く資格なんかないのに。
「約束……する」
「今朝、お父さんに殴られたの」
あっけなく、笑顔で言った。
照れたような、はにかみの笑顔。
それもまた――いつも通り。
結局、いつも私は後からしか気付くことができないのだが、あるいはこれが、天宮翔太にとって、最後のトリガーだったのかもしれないと思う。
父親に殴られたことではなく――私にそれを話してしまったこと。
私にそれを知られてしまったこと。
それが、ストレスでなくて――なんだろう。
「殴られたって……それは」
けれど、そのときの私は気付かない。
ただ――驚いていた。
いや、怯えていたと言ってもいい。
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作者名：灰猫 | 作成日時：2022年9月6日 0時
