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「仕事中――だったの？」
「まあ、仕事と言えば仕事かな。でも、いいよ。
Aちゃんならともかく、委員長くんの一大事とくれば、ある程度の融通は利かせるよ」
「さっきから、私の扱いが偉く荒いな……」
「Aちゃんだって、別に僕に好いて欲しくはないでしょ？ 嫌だなあ、急にどうしたの」
しっし、と、あしらう仕草をする歌詞さん。
少なくとも、この男には吸血鬼の魅了は通じないらしい……ああ、異性を虜にするってことは、年が離れてると通じないのか。
「くだらないこと言ってないで、早く這入っておいでよ、Aちゃんも、委員長くんも。
そこのフェンスの破れ目からさ。いつものように、四階で話をしよう」
「ああ……わかったよ」
とりあえず、言われた通りにする。
何にせよ、歌詞さんが屋外にいてくれたお陰で、自転車から降りた途端に天宮から説教をされるという展開は、回避することができた。
それは本当に僥倖だったが、驚異の記憶力を持つ天宮相手のこと、単に説教が後回しになっただけの話だから、手放しでは喜べない。
後回しになった分だけ利子がつくかもしれないと思うと、憂鬱になるくらいだった。
フェンスをくぐり、夏が近付き、際限なく育つ草木を掻き分けながら、廃墟の中へ。
廃墟の中の散らかり具合は、天宮の記憶に残っている範囲内のことなので、天宮は何も言わない。
悪質な冗談みたいな話だが、天宮は本気で歌詞さんを尊敬の眼で見ている節があるので、歌詞さんの社会不適合的行動に、度を越して非常に甘いのである。
そう。
そもそも、世界を放浪するという、天宮翔太の目指す進路とも言えないような進路も、道なき道を歩む伊東歌詞太郎の影響が、少なからずあるはずなのだ。
最終的に、天宮自身が決めたことだし、だからどうというわけではないけれどそれは、なんだか、思うところがないでもない。
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作者名：灰猫 | 作成日時：2022年9月6日 0時
