【Fischer's】水魚之交 III【短編集】

ンダホ：俄か雨 ページ46

突然の雨だった。大粒の霰に近い雨粒は分厚い雨雲を連れて来て、俺のいる町を通過しようとしている。所謂ゲリラ豪雨だ。
俺は頭に手を翳して身を縮めながら、雨宿り出来る場所を探して走った。そして見つけた店の屋根に駆け込むと、乱れた呼吸を沈めるように大きく息を吐く。

『……大丈夫ですか?』

すると、屈んでいた俺の頭上から声が聞こえた。ゆっくり体と顔を上げると、そこにいたのは俺と同じように肩と頭から水滴を濡らしている若い女性で、俺にハンカチを差し出していた。

『これ、使ってください』
「あっいや大丈夫です! もうかなり濡れたんで」

そう言って軽く笑いながらふざけた柄のTシャツを見せ付けたが、女性は食い下がって半ば押し付けるように手渡してくる。

『せめて顔と髪は拭かないと、沢山濡れたなら尚更』
「でもあの、走って泥とか付いてるし悪いっすよ」
『……』
「……、じゃあ、貸してもらってもいいですか?」
『はいっ、どうぞ』

女性から白いハンカチを受け取り、顔や髪に付いた水滴を拭っていくと安心したように微笑される。

『急に降って来ましたよね』
「そうっすねぇ、天気予報じゃずっといい天気って言ってたのに」
『今の季節は不安定ですもんね』

屋根に激しく当たる雨の音が、二人の気まずさや緊張感を緩めてくれている。会話の流れで女性の表情を見れば、中性的で綺麗な顔立ちをしていた。
それから名前や仕事など踏み入った事を避けるようにしながら他愛もない会話を続けていると、あれだけの豪雨だった空から日が差して雨が止み始める。それと同時に、女性との別れも近付いた。

『雨、止んできましたね』
「あぁ本当だ、もう大丈夫そうっすね」
『じゃあ、そろそろ』

女性は雨宿りしていた屋根から一歩踏み出すと、燦々と輝く太陽を見て微笑んだ。雨が上がったばかりの眩い空が、まるで彼女を連れて行ってしまうようで、ハンカチを強く握った。

「あの!」
『…はい?』
「ハンカチ、洗って返したいんで、連絡先教えて貰ってもいいですか!」

決死の告白は女性を困惑させた事だろう。お礼がしたいのは勿論。ただまた会いたいのはそれだけが理由じゃなくて、もっとこの人が知りたくて仕方がないだけ。

『……ハンカチは、返してくれなくて大丈夫です』
「えっ…ぁ」
『でも……連絡先だけなら、喜んで』

ああそんな、と耳を疑った。でも携帯を取り出した彼女に嘘はない。

こんな嬉し過ぎる事は、全く、俄かに信じ難い。

END

　

ダーマ：副業恋愛→←モトキ：君の逃げた先は僕がいい

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