【Fischer's】水魚之交 III【短編集】

ぺけたん：辛い事がある６ ページ13

Aは俺が思っているよりも結構丈夫で、それでいて他人に心配される事が苦手な女の子だ。大抵の事は自己完結させるし、余程の事がない限り他人に相談を持ちかける事も無い。それが彼女のデフォルトで、決して強がっている訳ではないのが魅力的だ。

『初めはどんな風の吹き回しかと思ったけど、こう言うのも結構悪くないね』
「でしょ？夜景とか凄いよ」

それに俺は、悩みを自分の中で留めてしまうAに一番効果的且つ励ますと言う形に変える事が出来る方法を知っている。旅行だ。Aは数日気分転換が出来るだけで元気になってくれる。悩みを隠す事は上手いけど、楽しみを殺すのは下手なのだ。

『此処露天風呂もあるんでしょ？後で入ろうね』
「うん、今は星が引く程見えるんだってスタッフさんが言ってたから、綺麗だと思うよ」
『んふふっ、引く程見えるんだ』
「そう引く程」

彼女を見つめていると心が満たされる。ワイングラス片手に微笑む横顔は星が煌めく夜景と相俟って美しく、嗚呼Aを此処に連れて来て良かったと今一度強く思った。

『…ぺけ、』

俺を呼ぶAの声のトーンが一つ低くなる。グラスを置いて俺に顔を向けた時、その時のAの微笑する表情は言葉では言い表せない程穏やかであり、しなやかだった。

「なに？」
『今日はありがとう。いや、いつも私を気にかけてくれて、いつも私を助けてくれて。』

当然と言えば当然だが、彼女は俺が度々旅行に誘う真の目的に気付いていた。これまで連れて来てくれた事だけに礼を言っていたAが、今は俺の気持ちに感謝している。俺の、Aを心配する姿勢に感謝している。あれだけ人に心配される事が苦手だった彼女が、どうして。

『人に心配されると、私に目を向けられるでしょ、そうなると私にスポットライトが当てられてしまう。それが私はどうも怖くて。』
『でもぺけと会ってから、私を旅行に連れてってくれるようになって、その時から薄々は気付いてたんだけど、何故だかそれが何よりも安らいで居心地が良かった。心配されていると分かっているのに』

これはきっと彼女なりの相談なのだと気付いたのは、怖くてと呟いたその一瞬を、悲しそうに笑った時だった。でもそう、言ったようにやはり彼女は強くて、優し過ぎる。

『だから私にとってぺけは、特別な人なんだよ』

そう笑った彼女は今、世界でたった一つの夜に浮かぶ太陽なのだ。

END

辛い時・ぺけたん：気付いているけど遊びに誘う

　

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