ンダホ:人生各駅停車 ページ2
終電間際の電車に二人で乗り込んで、もう30分は経った。梅雨に入ったこの季節の深夜の気温はとても低くて、昼間に合わせて薄着をしていた君は少し肌寒そうだった。
誰もいない車内で、吊革は揺れ、景色は沢山移り変わっていく。車輪がレールの繋ぎ目を通過する度に聞こえてくるガタンゴトンと言う音は規則的且つ眠気の強い君には効果的だったみたいで、君に目を向けるといつの間にか背もたれに寄り掛かってうたた寝をしていた。
「…A」
起こさないように小さく名前を呼ぶと、反応が無い代わりに愛おしく見えた。俺には勿体無いくらい優しく可愛らしい彼女に、話したい事もやりたい事も沢山あって、その一つを叶える為に乗ったこの電車はまるで二人の逃避行だ。
「風邪引いちゃうよ」
自分の上着を脱いで君に掛けてあげると、優しく頭を撫でて自分の肩側に引き寄せた。肩口に寄り掛かり眠る君の顔が近くなって、どうかこのまま目を覚ましませんようにと額にキスを落とす。
『…ンダホくん』
「あれ、起きてたの」
目を閉じたまま俺の名前を呼ぶ君は、どうやらまだ眠り足りないようで動く気配もなくぽつり、またぽつりと俺に呟く。
『暖かい』
「良かった」
『…ンダホくん』
「なぁに?」
『好きだよ。』
オルゴールのように落ち着いて綺麗な声色で愛を呟く。今のこの一瞬が、俺にとって架け替えのない思い出になる事が確定した所で、君にとってもこの時間とこの季節と、この場所を大切に思ってくれるのならこんなにも嬉しい事はないのだろう。
「A、俺も好きだよ。」
君は微かに口端を上げ微笑んでいる。意識の糸が切れるのも時間の問題で、否、もう夢の世界に旅立ってしまったかも知れないけれど、それでも俺の声が子守唄になるように囁き続ける。
「明日は、何処に行こうか。明後日は、何をしようか。Aとやりたい事が、まだまだ沢山あるんだ」
「将来子供が出来たら、俺は野球を教えて、Aは優しさを教えて、周りから素敵な家族だって言われて」
「それでね、おじいさんおばあさんになったら同じ介護施設に入って、ずっとお喋りしていたい」
「死ぬ時もさ、同じお墓に入れたら、天国でも今までの人生が凄く幸せだったんだって話が出来るよね。」
力の無い彼女の手を握って、向かいの窓から外を眺める。目的地まではまだまだ遠いから、だからまだ二人で眠っていよう。
ポケットに入った指輪を渡すには、今はまだ暗過ぎて、暖か過ぎるから。
END
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ポリフェノール(プロフ) - coyumaさん» 初めまして、コメントくださり誠にありがとうございます! 最上級の褒め言葉を頂けて大変嬉しいです、ありがとうございます。 続編は、話のネタがある程度の数が固まり次第また再開しようかと思っております。なのでその際はまたお話を覗いてくだされば幸いです! (2019年7月5日 20時) (レス) id: 77269a22b5 (このIDを非表示/違反報告)
coyuma(プロフ) - 私もシリーズの最初からずっと楽しく読ませてもらっていました。ポリフェノールさんの文章は情景が思い浮かべることが出来て、あたかも自分のことのようにドキドキできます。続編も書いてほしいです。時間があるときでいいですので! (2019年7月5日 20時) (レス) id: 96592c7e36 (このIDを非表示/違反報告)
ポリフェノール(プロフ) - 美夢さん» 初めまして、わざわざコメントしてくださり誠にありがとうございます! 最初から見て頂いているなんてとても嬉しいです、ありがとうございます。 続編は、話のネタがある程度と溜まってきたらまた始めようかと思っておりますので、またご贔屓にしてくだされば幸いです! (2019年6月28日 0時) (レス) id: 77269a22b5 (このIDを非表示/違反報告)
美夢(プロフ) - 水魚之交1から全部見てて、大好きな話を何回も読み返しています!どんなに遅くても良いので続編希望します! (2019年6月28日 0時) (レス) id: 70c1150dfd (このIDを非表示/違反報告)
ポリフェノール(プロフ) - あいぴょん♪さん» 初めまして、コメント誠にありがとうございます。ご返信遅れまして大変申し訳ございませんでした。自分もフィッシャーズさん大好きです、応援ありがとうございます! またお暇な時に覗いてくだされば幸いです。 (2018年9月24日 21時) (レス) id: 77269a22b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ポリフェノール | 作成日時:2018年6月13日 19時