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何度名前を呼んでも、返事は無い。
部屋にあるAの荷物はそのままだし、
テーブルにはAの携帯があって、玄関の靴だけが無かった。
だから、最初はただ携帯を忘れて出掛けているだけか、と、
濡れたスーツから着替えながら思ったんだ。
それなのに、着替えてリビングに戻ると、
昨日まで二人で一緒にご飯を食べていたはずのテーブルに、
一枚の紙を見つけた。
僕は反射的に嫌な予感がして、鳥肌を立てた。
一歩、近付く足が重い。
見たくない。
そう思った。
恐る恐る持ち上げた紙に書かれた文字を見て、
僕は膝から崩れ落ちた。
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お兄ちゃんへ
愛してました。
ありがとう。
さようなら。
A
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何で、何で。
どうして。
夕立は知らぬ間に止んでいて、
僕の泣き叫ぶ声をかき消すものは、何処にも無かった。
殆ど這うようにして寝室に行き、
Aの荷物が減っていないか、確認する。
タンスや机を漁っても、制服も私服も、勉強道具も、
何もかもそのままになっていて。
嘘やんな。
ちょっと出掛けてるだけやんな。
すぐ帰ってくるよなって。
呪文のようにぼそぼそ呟いた。
止まらない涙だけが、本能的に別れを感じ取っているのに、
僕の頭も、心も、何もそれを受け入れようとはしてくれなかった。
タンスの中の服を一つ一つ確かめるように投げ広げる度に、
僕の涙が落ちる。
同じ家に住んでいるはずなのに、僕とは違う匂いがするA。
大好きだったその匂いが鼻を掠める度に、
息が出来なくなっていく。
そして、タンスの中身を全部ひっくり返し終わってから、
気付いた。
あの日。
Aと睡蓮を見に出掛けた日。
白いワンピースを着たAがあまりにも綺麗で、
キスをしたあの日の。
あの、真っ白なワンピースだけが、何処にもなかった。
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作者名：みなみ | 作成日時：2023年6月20日 16時
