終局 ページ32
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懸命に仕事を片付けて、ぴったり定時で外へ飛び出した帰り道は、
雨が降っていた。
夕立だ。
空は晴れているのに、強い雨が降っている景色はちぐはぐで、
何だか怖かった。
駅で傘を買うために鞄の中の財布を探していると、
入れた覚えのない折り畳み傘が入っていて。
Aの優しさに胸がきゅっとなった。
電車を降りた後は、ほとんど走るみたいに、家へ向かった。
少し小さな傘をさして、
スーツの裾が濡れていくのも気にせずに、雨の中急ぐ帰り道は、
懐かしい記憶を呼び起こした。
ああ、Aと初めてキスをしたあの日も雨で、
僕は不安に駆られながら走っていたっけ。
あの日の僕は、今の日々を想像もしていなかったな、
なんて思ったら、僕の足はもっと早まった。
だから、僕は一刻も早くAと、
話をしなければいけないんだって。
傘をばさばさと揺すって雫を落とし、
アパートの階段を一段飛ばしで登っていく。
濡れたスーツが重たくて気持ちが悪い。
ドアの前で立って、乱れた呼吸を整える。
ドアノブを握る手に力を込めて引っ張ると。
がたん、と大きな音を立てて、ドアノブが引っかかった。
｢あれ、鍵、｣
いつもは開いている鍵が、開いていなかった。
A、寝てるんかな。
そう思いながら、鞄を漁って鍵を取り出し、
今度こそは、ともう一度ドアを引っ張った。
なあ、何処まで戻ったら、
僕たちは結ばれる道を選べるんやろうか。
頑張るから。
今度こそ、間違えないようにするから。
だから、お願いだから。
時を戻して。
開けたドアの先に、彼女は居なかった。
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作者名：みなみ | 作成日時：2023年6月20日 16時
