消失 ページ26
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｢えっ、どうしたん｣
鍵が刺さって、回さずに抜かれた音がしたと同時に、
Aが目を丸くして、玄関に座り込む僕を見下ろしている。
｢残業なくなったんなら連絡してや！
鍵かけ忘れて出掛けたんかと思ってびっくりした｣
Aの手にはスーパーの袋が提げられている。
その袋を見るだけでも、
さっきの光景がありありと目に浮かんで、吐き気がした。
｢え、どうしたん。何かあった？具合悪い？｣
何も答えない僕を見て、心配そうにしゃがみこむA。
｢…A、ええよもう。無理せんでも｣
｢え、…何のこと？｣
｢Aが好きなんは、僕ちゃう｣
｢…何言ってるん｣
｢っ、彼奴の所に戻ればええやろっ！｣
Aに対して声を荒らげたのは、初めてだった。
いや、僕はそもそも、
誰かに対して憤りを剥き出しにことなんて、無かったか。
思ってもない言葉が、自暴自棄な口から飛び出しても、
僕の心は荒れたままだった。
Aの瞳が揺れている。
｢…もしかして、さっき公園の前通ったん？｣
しかし、その口から出た声は、
思ったよりもいつも通りだった。
｢…うん｣
｢それなら、勘違いやって｣
｢っ、何が？｣
｢望とは、今はもう何もないよ…ただ偶然会っただけで｣
｢何で全然違う所に住んでる彼奴と、休み中に偶然会うねんっ、｣
｢それは…｣
｢知っとるよ。Aがこそこそ出掛けてんの｣
その言葉を放った瞬間に、
明らかにAが狼狽えたのが分かって、
僕の心の中で微かに息をしていた希望さえ、死んでいく。
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作者名：みなみ | 作成日時：2023年6月20日 16時
