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静かに玄関のドアを開けると、
嗅ぎなれた自分の家の匂いがして、
ようやく現実に戻ってきたような気がした。
部屋の中から物音はしない。
僕は部屋に行かず、真っ直ぐに浴室へ向かった。
熱いシャワーを浴びると、虚しさだけが僕を包む。
Aを幸せにしたい。
ただ、それだけだったのに、
どうして僕はいつも恐ればかりに支配されてしまうんだろう。
淳太に昨晩の話をしたら、馬鹿だと笑うだろうか。
それとも、それでええんやって言ってくれるだろうか。
僕は、淳太の言った、
「もっと色んなもの見てみ」という言葉の実践の仕方が、
あまりに不器用すぎて、笑えてきた。
体の隅々に残る、違う女の感触を拭うように、
いつもより丁寧に体を洗った。
バスタオルを一枚掴んで、着替えを取りに行こうと、
部屋のドアを静かに開ける。
カーテンで隔たれたAの姿は、見えない。
そのことに何処かほっとしつつ、
悲しくなりつつ静かに服を取り出す。
きちんと敷かれていた自分の布団の上に座って、
着替えようとした時。
カーテンが捲れて、Aが、僕の裸の背中に抱き着いてきた。
「起こしてもうたか、ごめん」
「うん」
一言の相槌で、僕は全てを悟って体を強ばらせる。
Aとずっと一緒に暮らしているんだ。
声を聞いただけで、寝起きかどうかなんて分かる。
「…A、寝てなかったん」
「ううん」
Aは、無意味な嘘だと、
きっと分かっていてそう言っている。
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作者名：みなみ | 作成日時：2023年6月20日 16時
