「見えない何か」 ページ32
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店の前面に出たマネキン達はもう初冬の装いで、まだ完全に残暑も引いたわけちゃうのに、せっかちやなと思いながら眺めて歩いた。
右手にずっしりと重い紙袋を持って、人が連なるエスカレーターに身を乗せる。
来週に迫る結婚式のためにやっと、祝い事用のスーツと靴を新調した。
あと、秋服も何着か。
恋人もおらんし、インドア派やから最近では専ら金の使い道といえば友達との呑み代か、暇つぶしのスマホゲームへの課金くらい。
服を買うのも、高価な買い物も久しぶりやった。
俺はエスカレーターに乗ってる間、ぶら下げた紙袋にちらりと視線を落とす。
少し珍しい綺麗な濃紺のスーツと、重厚感のある深い黒の革靴。
どちらとも一切妥協はなく気に入ったもので、金額はそれなりにしたけどいい買い物ができたと満足している。
――もし俺が。
もし俺があの時あいつにもう少し早くはっきり自分の気持ちを伝えてたら。
その結果ふられても、上手くいっても、きっと今と全く同じ道は歩んでこなかったはずで。
そうなると上京もしなかったかもしれないし、当然今の会社に入ることもなくて、
彼女とも出会うことはなかったんだろう。
その代わりに、もしかしたら来週あいつの隣に立つのは俺で、俺はそのことをとても幸せやと思ってたかもしれない。
当たり前のことやけど、
何かひとつ、言った事が、選んだ行動が違っただけでその後の人生ががらりと変わる。
俺は過去の何点かの場所で誤った選択をしただけに、それをずっと引きずって、忘れられずに生きてきた。
それでも、よう考えたらあの時あいつに言わへん選択をしたから俺は今東京にいて、それなりに充実した職場で働いて、楽しい大学の友達とヤス、それから彼女に出会って。
今の自分を決して不幸やとは思わへんし、今ここにいるから幸せを感じることもあって。
あれが誤った選択やったかどうかは、もう、分からへん。
過去や後悔のことを考え始めると相変わらず途方に暮れそうやったけど、
でも不思議と以前のような鈍い胸の痛みはしなくなっていた。
ぼんやりと考えていると、いつの間にか地下一階の食料品売り場にいた。
ふと『長野・新潟物産展』と書いてある旗が視界に入って、彼女を思い出す。
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蒼 夢見子(プロフ) - 茜音さん» 茜音様、初めまして。有難いお言葉に胸が熱くなりました…後先考えずにがむしゃらに書いてしまった荒すぎる出来の中でふたりの互いに想い合う気持ちは一番慎重に書いたのでそう言っていただけてとても嬉しいです!こちらこそ読んでくださりありがとうございました^^ (2018年11月10日 23時) (レス) id: d57fe18bd1 (このIDを非表示/違反報告)
茜音(プロフ) - はじめまして。あまりにも続きが気になって一気に読ませて頂きました。描写はもちろん、ヒロインと大倉くんのお互いを想う切実さが綺麗で、思わず息が詰まりました。とっても素敵なお話をありがとうございました。 (2018年11月9日 15時) (レス) id: c4843d23a9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2018年8月7日 18時