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「じゃあ、薬と飲み物ここ置いとくから。鍵、閉めたらポストに入れてけばいい?」
「あ…うん。お願いします。」
「なんか必要やったらなんでもするから、遠慮せんと連絡して。」
「うん。ありがと。」
「ほな、お大事に。」
スーツのジャケットを腕にかけて鞄を持つと、ベッドに寝そべる山田さんにそう言って背を向け玄関に向かった。
ちらっと見えた壁にかかった時計は夜の9時を指していた。
「大倉くん、」
リビングのドアに手をかけた時、小さな声で呼ばれて振り向くと、彼女が上体を少しだけ起こして俺を見てて。
俺は少し首を傾げ彼女を見る。
「ん?」
「…すごく助かった。おかゆもおいしかったし。…ありがとうね。」
「んーん。ゆっくり休むんやで。仕事とかしたらあかんよ。」
食卓の上のパソコンに目をやると彼女はいたずらがばれた子供みたいな顔をした。
「ほなね。」
「うん、ありがとう。」
彼女がもう一度横になったのを見て俺はドアノブをゆっくり下げてドアを開ける。
もう既に、俺は彼女に溺れ始めてた。
ちらほらと向かい側からやってくる帰宅途中であろうサラリーマン達に逆行しながら、
特に急ぐわけでもなく何かの余韻に浸るようにのろのろと歩きながら彼女の事を考えた。
名前しか知らない関係から話すようになったとは言え俺が彼女について知ってるのはせいぜい名前と家と仕事と―――
しばらく考えても、それくらいなんじゃないかと思って急に焦るような、急ぐようなそんな感覚が心に生まれる。
――欠陥ばっかりだから
彼女はそう言うてたけど、上手く隠しているその欠陥とやらは俺には分からないし、
彼女と話せば話すほど、彼女がどんな人間なのかよく分からなくなっていってるのは事実で。
しっかりしていて厳格かと思えば、
子供っぽい表情が見えたり。
他人に興味がないように見えるけど、
非情で冷たいわけではない。
話せば話すほど分からなくなる、のに、話せば話すほど俺の心は形を変えながら前に進んでく。
ふわふわと浮いて掴めそうにないものを掴もうと必死になっている。
彼女のことをもっと知りたい。
いつの間にか駅に着いていて、電車をぼうっと待ちながらそんなことを考えていた。
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蒼 夢見子(プロフ) - 茜音さん» 茜音様、初めまして。有難いお言葉に胸が熱くなりました…後先考えずにがむしゃらに書いてしまった荒すぎる出来の中でふたりの互いに想い合う気持ちは一番慎重に書いたのでそう言っていただけてとても嬉しいです!こちらこそ読んでくださりありがとうございました^^ (2018年11月10日 23時) (レス) id: d57fe18bd1 (このIDを非表示/違反報告)
茜音(プロフ) - はじめまして。あまりにも続きが気になって一気に読ませて頂きました。描写はもちろん、ヒロインと大倉くんのお互いを想う切実さが綺麗で、思わず息が詰まりました。とっても素敵なお話をありがとうございました。 (2018年11月9日 15時) (レス) id: c4843d23a9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2018年8月7日 18時