【神谷将人】ファーストレディ.2.【あなたの番です】

いつつのゆびわ ページ5

｢そろそろ樹は戻りな｣


｢え、どこにですか｣


｢まだあんたは人生の思い出話をするには

内容が少なすぎる。

もっと話せること増やしてからまたおいで｣


｢でも私、おねーさんといたい…！｣






何が悲しいのか分からない、

せっかく仲良くなれたからなのか、

どうしてか涙が溢れそうになって

下を向いたまま涙を我慢しようと

下唇を強く噛む。






｢…その癖、なおんないもんだなあ｣


｢…え、っ｣


｢樹のわがまま、

生きてるうちにもっと聞きたかったな｣







ぎゅうっと包み込むように抱きしめられて

後頭部を優しくぽんっぽんっ、ってされて

幼少期の欠けてた思い出が

一気に蘇ったような

神経が集中したような感覚。




だってこの動作、

身に覚えがある。



小さい時泣いた時は

こうしてくれる存在がいた。







｢…おねぇ、さん…？｣


｢また、会おうな、樹｣





名前、そういえば教えてないような、

なんて考えていた時

今度は強めに背中を叩かれて

意識が遠のく。







｢浴衣見れただけで満足だよ、

ほんとはドレス姿が見たかったけど。

いつか見せてくれよ、母さんに｣







小さい頃から

私の記憶にお母さんはいない。



その理由はまだ今になってもわからないし

お父さんに聞いたことはあるけれど

空気を悪くして機嫌を損ねるだけだから

小学生の頃その話は封印した。



それでも幼稚園の入りたての頃

行きたくないと泣きじゃくる私を

困ったように笑いながら

優しく包み込むように抱き締めて

ぽんぽんってしてくれたあの温もりを

ずっと忘れられないままだった。



きっとあの温もりは

おねーさんと名乗ったお母さんなのだろう。



きっともう死ぬまでは会うことのない

お母さんに会ってくれてありがとうと

心の中で呟いた。








…届いてるといいな。

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