三月五日 多幸茸3 ページ10
コンコンとノックして、声を掛ける。
「弥生さん。織田です。這入ります。」
形式だけの敬語。
中から、ゆっくりとドアが開かれた。
背筋を正す。
別段今日だと約束していたわけでは無い。
何時もで来て善いと昨日酒場で云われたから、取り敢えず来てみただけだ。
傍から見たら無礼な事、なのだと思う。
けれど、本人が帰る間際に零した、明日は私は一人だから、という発言が、耳に張り付いて消えなかった。
だから、と云っては何だが、今日来ることにしたのだ。
少しだけ開かれたドアを見て、中に這入れと云う指示だと思ったので、ドアを大きく開く。
中には――。
「うぇーい!お〜だ〜さ〜く〜!」
ばっ、と目の前に黒髪が広がった。
飛んだのだろうか。
宙に髪が舞って、其れが光に照らされて更に艶やかな感じが上昇している。
ふわりと広がった細い髪を眺めていると、ぎゅーっと誰かに抱きしめられる感覚がした。
自分頬辺りに当たる、髪のような感覚。
ぐりぐりと肩口に何かを押し付けられている感じがする。
酔っ払った太宰の様だ。
少し下を見下げれば、黒い髪の頭が見えた。
「ん〜織田作ぅ〜。」
甘えた様な声が聞こえる。
其の声は、昨日、何時でも来いと杯を上げ、微笑んだ彼女の声であった。
けれど、私の頭が其の現実を認める事を拒否していた。
違う、私が知っている弥生は此れではない。
何時も彼女は美しくて、太宰と燥ぐ事はあるが、何処か冷静で、掴み切れない雰囲気で、男前で、快活に笑う女性の筈なのに。
今の彼女は、隙だらけで、甘く、まるで末に生まれた妹の様だった。
守られたい、では無く守りたいと人に云わせそうな雰囲気を持っている。
一体何があった。
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作者名:永魔堂 | 作成日時:2018年11月11日 19時