兄が冷たいので外交官になりました

プロローグ ページ1

「呉A、今度また秦国の呂相国の元へ外交に行ってくれないか」

『私がですか。御意』

一度だけ行ったことがあるけど、正直あの人苦手。
腹の底のどす黒さが明け透けというか、威圧感というか…。

上司が去っていた後に静かに溜息を落として、階下を見下ろす。

ここは魏国大梁にある王宮。

私は魏国を担う外交官として、各国を飛び回っている。


…兄上は今、戦だったろうか。

この国の人間のくせにこの国にいる期間の方が長くないせいで見慣れない景色をぼんやりと見て、

ふと、そう思った。

『ご武運を』

口に出してみたけれど、どうにも空っぽい。

彼が死んだら、悲しいのだろうか。

父が死んだ時は悲しかった。

でも兄との思い出は、父のそれより全然ない。

いや、父との思い出だってそんなにあるものじゃない。
戦は絶えないので、家にいることなど少なかったと思う。
いつも帰りを待っていた記憶がある。

では、この違いは。

『…愛されていないから…？』

父は一人娘である私を目一杯愛してくれたが、思い出す兄はいつも無愛想で素っ気ない。
それどころか、あの人は…

いや、なんでもない。別にどうだっていいことだ。


人の心は鏡だ。

私も兄を愛していない。

でも、死んでほしいなどとも大概思っていない。

『…生きてるといいな』

嗚呼、口から出されたそれは、やっぱり空っぽい。

回想1→

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