三十路の恋はうまくいかない

ツケ払い ページ44

ひとつに結いた
ふわふわの柔らかな髪がゆれる


店内は忙しいのに
彼女の周りだけ違う時間が流れているように
軽やかに接客をこなしていた



「今日、井口さん店に来るんすか？」



『そうそう、来るって〜
　相変わらず菅田くんの勘はするどいねぇ』



「ははは」




あなたが分かりやすく上機嫌だからね



しっかし、やっとAさんと
顔合わせる気になったんか…チキン野郎が…



しこたま怒られて反省すればいい




＿＿＿





ドアの開く音がする度に反応してしまう




猫背気味の大きな身体が目立つ
今度こそ彼だった




『いらっしゃいませ
　お久しぶりですね』




仕事口調で隠していても
嬉しくてどうしても顔がゆるんでしまう




「うん、久しぶり」




…あれ？



いつもだったら、
Aさん、会いたかったよぉ〜！！
くらいのテンションで来るのに
なんだか今日は静かだ





「いらっしゃいませ。
　ずいぶんご無沙汰じゃないですか、

　…あの楽しい楽しい夜以来ですもんね？」





カウンターに座った彼が
言うなよ…と気まずそうに下を向く





『えっ？何かあっ 』





「井口さん！やっと会えたぁ〜！」





エントランスの方から発せられたその声に
私の声がかき消される




三人共そちらに目線を向ける




そこに立っていたのは






この間、彼を探していたあの女性だった





「もぉ〜
　何度もここに来たのに
　あれから一度も会えないんだもん…
　ひどいよぉ」




甘えた表情で彼を見つめる




彼は困惑した感じで女性に挨拶をしたあと
気まずそうに私の方をチラッと見た







その瞬間なぜか





あ、そういうことなのかって
聞かなくても大体把握できてしまった







『お席、お隣でよろしいですか？
　ごゆっくりしていってくださいね』





自分でも驚くくらい冷静で
いつも通りの接客スマイルでそう言えていた





「ありがとうございます♡」



「あ、」





何か言いかけた彼に背を向けて
他のお客様のテーブルへ灰皿交換に向かう






泣くな



泣くな



泣くな

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