今宵の月 ページ8
「えっ？ えっ！」
「ああ、暴れないでくださいね、A。落ちちゃいますよ？」
私の動きがピタッと止まったのを見て、クラマは笑う。その間にも、北側にある山に向かって飛んで行く。
あの山は確かー鞍馬山。
「鞍馬山には、私の治めている天狗の住み処があるのです。そこに、あなたを案内します」
「天狗の住み処…」
「ええ。別名、『天狗の森』。たくさんの、様々な種類の天狗が暮らしてますよ」
会話はそこで途切れる。夜のひんやりとした風は、私の頬を優しく撫でた。空気が澄みきっていて、気持ちいい。鼻に入る息は、冷たい。
案外、すぐに鞍馬山に着いた。クラマからおそるおそる降り、回りを見渡す。
綺麗な所だ。だが、クラマは私の手を握り何かを唱え始めた。それが終わると、手を前に突きだし円陣を浮かばせる。
そこに穴が開くと、再び私を抱え飛び込んだ。
なんだか、酔いそうだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
どさっと落ちた。
だけど、痛みはない。なんとなく腰をさすりながらそこを見ると、ベッドだった。降りて再び回りを見渡すと、何かの部屋のようだった。
クラマがいない。ここは何処だろう。もしや、例の“天狗の住み処”なのだろうか。
突然、扉が開く。
驚いて硬直した私の目の前に映ったのは、青白い女の人だった。黒く長い髪に、赤い椿の髪飾りをしている。
一重の目は細く、光がなかった。私を見つめるがらんどうの目は、とてつもなく恐ろしいものに見えた。
全身が総毛立つ。怖い。何でだか分からないが、怖い。早く逃げなければ。でも、体が動かない−
「A！」
クラマが入ってきた。助かった。女は、顔を赤らめドアから退いた。女には目をくれず、私にまっすぐ近づいて抱きしめられた。
「すみません、別の場所に落としてしまって… 怪我はありませんか？」
「だ、大丈夫、です」
胸がドキドキする。すると、無口だった女が口を開いた。
「クラマ様、その娘はいったい…」
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