過去の里 ページ32
親が大広間に入り、『A、ただいま』と声をかけてきた。『私』は、『おかえりなさい』と笑顔で返す。
『A、話があるの。座りなさい』
お母さんは、神妙な顔で大広間に正座した。つられるように、『私』も正座をする。
『A、今日限りでここの田舎を離れるわよ。もうここには来ないわ、家を取り壊すの』
『……! ど、どうして?』
『おばあちゃん、腰が悪くて入院することになったの。そうしたら、住む人はいないでしょう?』
『……』
『私』が動揺しているのは、ここを壊したら、あの座敷童子がどうなるかわからないからだろうか。確か……
「……座敷童子って、住む家がなくなるとそこからはいなくなっちゃうんだよね」
「いかにも」
幼い『私』は、大人の決めたことに逆らえるはずもなく、呆然としていた。この後都会に帰ったら、小学校を受験することを告げられたんだっけ。
そうだ、確かにおばあちゃんは腰が悪かった。でも、母たちにも仕事があるからつきっきりになるのは無理だった。
「……なら、私は、人の役に立てたならな……」
「む? どうした」
「ううん、なんでもないわ」
場面が切り替わった。今、ここの田舎の家に親たちは居ないようだった。あの少年と『私』が、縁側に座っている。
『う…… うっ…… ひっく』
『………………………』
少年は啜り泣きをしている。可愛らしい、整った顔が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。『私』は、呆然と座っている。
『ぼく、どう、しよ…… すむ、とこ、なくなっ…… ひっく』
『……**くん、ないてばっか』
『……だって、かな、しぃ……』
『でも、ないてばっかじゃ、だめだよね。きっと』
『私』は縁側から飛び降りると、少年の前に立った。しかも仁王立ちだ。少年はきょとんとしている。
『……え?』
『つよく、ならなきゃ! じぶんで、“ がんばってやる ” って、ふりきらなきゃ! ないてばっかじゃ、だめだよ!』
『…………』
少年は、鼻を啜るのをやめ、『私』をじっとみた。『私』は、ティッシュを取り出すと彼の顔に押し当てた。
『わたし、はなれてても…… おうえんするから。──
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