この世界の片隅に【土方十四郎】 (ページ29)

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二十九ページ29

居なくならないか心配で急いで帰ってきてみるも、彼は先程座らせた場所から一歩も動いていない様子だった。顔は下を向いていて表情は窺えなかった。

「気に、食わねェ…」

『…十四郎ちゃんが？』

私の言葉に無言で頷く。十四郎ちゃんは何をしたんだと思ったが総悟くんが気に食わないと思う事なんて数知れず。聞くのは野暮だと思い出かけそうになった言葉を飲み込んだ。

消毒液を付けて湿らせた綿を赤くなった箇所に当てれば少しだけ顔が歪んだ。我慢してと言えばまた俯く。道着を握り締めた手が少し震えていた。

「アイツは、俺の大事なもん。全部掻っ攫ってっちまうんだ」

『うん』

「姉上も近藤さんも…あのヤローの事ばっかで、くそッ」

ガーゼを当ててテープで貼ってやればその手をギュッと掴まれた。彼を見つめると此方へ目を向ける事はなく、代わりに掴んだ手に少しずつ力が入れられた。隣に座って空いた方の手で背中をさすってやれば肩が少しだけ重くなる。手を背中から頭へ移動させて落ち着かせるようにゆっくりと撫でた。

何か怯えているのか、その肩は僅かに震えていた。

「俺ァ、大事なもん全部無くしちまうんですかねェ」

『総悟くん…』

「A、あんたもアイツんとこの方がいいのかィ？」

そう言う総悟くんは酷く悲しそうに笑った。